59歩 「尾張統一(11)」
清須城が落ちました。
織田孫三郎信光は大和守家重鎮の坂井大膳と結託し、まんまと清須城に入城した。本来の主、織田大和守信友の追い出しに成功したのだ。
信光さんとわたしの密談から、たった半日しか経ってない。
あのフトッチョさん、見かけによらず……いえ、失礼、恐るべき才覚の持ち主だ。
ともあれ、今回の出来事を通じて死人とかケガ人が出ずに済んでホッとした。素直に嬉しい。結果オーライでいい。
出来過ぎなくらいだよ。
――って喜んでたら、やっぱりどんでん返しが起こった。
「どういうことだ娘えッ、話が違うではないかあっ!」
――出来る男、織田フトッチョ信光が突如、守護館に付け火し、そのどさくさに乗じて坂井大膳さんを館から追い出したんだ。
若武衛の斯波ちゃんもあやうく人質になりかけて逃げだした。
ノンビリした性格のおかげで凝香亭からの帰り道で虎口を逃れた坂井さんと出くわし、そのまま運命を共にしたそうだ。
難民一行はしかたなく那古野方、つまりはわたしたちに助けを求めてきたって次第。
「そ、そう言われても。わたしにも、なにがなんだか」
坂井さんの剣幕にタジタジのわたし。
「信光めは清須城を私欲で奪ったのだ! これでは信友となんら変わらぬ!」
「ねぇ。あたしは今日からどこで寝泊まりしたらいーのー?」
若武衛ちゃんは泣きべそをかいている。
この子やたらカワイイな、クソッ。わたしがオトコならカノジョにしたいゼ。
「とにかく乙音ちゃん……じゃなくって、美濃さまに連絡とってみるね?」
――実は、奇怪なこの織田信光の行動は、乙音ちゃんとの密約だったらしい。尾張最大の拠点、清須城を完全占拠したい彼女の意志に、那古野城との交換という条件で応え、あっという間に彼はそれをやってのけたってのが、真相。
にしても、フトッチョさんの驚くべき行動力と胆力だ。
「ワシの神速行動など、弾正忠家の美濃の底無しの悪知恵に比べれば、足元にも及ばないボ」
そう言ってた彼の言葉は謙遜のつもりなのか、それともまったくのイヤミなのか。
いえいえ、あなたも充分に歴史の端に埋もれてる逸材だとおもうよ。上から目線な人物評価だけども。
とにかく坂井さんに怒鳴り込まれた時点では、まだ事情を聞かされてなかったわたしは、ただプウさんの勝手な行動にあきれ果てるのみだった。
そして坂井さんの命や将来の安泰を保証するって言っちゃった手前、彼の抗議にひたすら平身低頭するしかなかったのだ。
こんな時に限って乙音ちゃんにコールしても繋がんないし。……などと恨み節を抱えながらね。
これは後でさんざお詫びされたんだが、彼女、わざとこのとき応答しなかったらしい。なんて子だ。
プウさんに直接会って真意を糺そうにも門前払いどころか戦闘意欲満々の城兵らに弓矢を向けられ、身の危険まで感じる始末。
わたし、丹羽さん、前将さん、そして又左は、失意の坂井さんを護衛しながら、前将さん館を経由し、やむなく那古野の城を目指し引き下がるしかなかった。
次回で「尾張統一編」は一区切りです。
長かった。




