53歩 「尾張統一(5)」
「……坂井さまのおっしゃりたいことはよく分かりました。でも、もう少しはっきりしておきたいことがあります」
「な、なんじゃ?」
「ひとつは若武衛さまへの忠義。
さっきまでの話ですと、若武衛さまのお言葉に対しては疑いの心をややお持ちのようだなと解釈されました。
……結論を言います。わたしは、いえ、わたしたち弾正忠家は、若武衛さまのご無事を一番に考えております。
たとえわずかでもあの子に異変があれば、わたしたちはただちに大和守家を糾弾します」
「……承知した。若武衛さまの御身はこのワシが全身全霊をもって御護りする」
きっぱりと坂井さんは言い切った。
「ふたつに、大和守家は今川に就く可能性を示唆されました。このありさまじゃ我々は信を置くわけには行きません」
坂井さん、今度はうっとおしそうに眉間にしわを寄せ、近習を招き入れた。そして一冊の書物を受け取ると、それをわたしの前に寄越した。
「これはの。今川五郎氏真どのが記された雑記帳じゃ。世の出来事をつづられておる」
今川五郎、――ナマイキ氏真が書いた本ってことね。……ああ。あの子、ナマイキ。ホントナマイキ。
手に取りめくった……が、わたしにはミミズの這った字にしか見えずまーったく判別できない。前将さんに助けてもらった。
「これは……。まだ起っておらぬことが書かれた予知書というべき代物じゃな」
「? 何? ソレ?」
「序文でこうある。わたしははるか先の世から、充分な知恵と力がありながらも、志半ばで挫折を余儀なくされたそなたらを惜しみ、ただ助けになりたい一心でやって来た。
しかし、わたしの言葉を無条件で信じよという方がおかしいし、話が通じないのは当然である。
故にわたしは、ここにこれから起こる出来事をつづる。これを読めばそなたらはわたしの申すことが間違いではなかった、そして木下藤吉郎を名乗る者を信用しようとの納得を得るだろう」
……ええっ。わたしを持ち上げてくれてる!
氏真っち、やるなァ。
いわば【ノストラダムスの大予言作戦】か!
……昭和人以外の人、イミわかんなくてゴメンねー。




