52歩 「尾張統一(4)」
わたしの率直すぎる意見を許容した坂井さんは、怒るよりも明らかにガッカリした様子で、脇息に崩れかかった。
「実はの。若武衛さまが同様のことを申された。織田弾正忠上総介どのこそ天下人になると。なんとあの今川ではなく、織田だと。それも、あの弾正忠であると。ワシは根拠のないヨタ話は許さぬが、信じるに値する話には知らぬ顔が出来ぬのだ」
「……と申されますと」
「彼の弾正忠、と言うよりあの姫殿、織田美濃どのじゃ。
――彼の者、津島の町と熱田社の湊に商いの一大地を築き、かたや領内の関を廃して
往来を自在にし、油、紙、炭、蝋などのあらゆる座を無に帰し、
新参の者にも勝手次第の商いを認めたと聞く。
また堺、京などにも蓄財した銭金をおしげもなく流し、鉄砲や新しき知恵、
珍しき人、多才な食客を集めているそうな。
このようなこと、尾張において誰もやっておらん。彼の者しかおらん。
人と違う何かを始めようとしておる。
……さらに美濃の斎藤と深く結びつき、尾張上四郡への圧迫を日に日に強めておる。
また三間半もの長槍を、銭で雇うたあぶれ者の雑兵どもに持たせて追いたたき、
鍛錬を繰り返してそれなりの物にしおったと。
その上、大きな輪をもったばいくなる奇々怪々なる
足早の乗り物を有し、
神速の行軍を可としたとな。すべてが驚きじゃ」
バイク……神速の乗り物、ねぇ。
他人からそう言われりゃ、何だかスゴイように思えてくる。てか、よく調べてんなこの人。
そうそ。バイクはわたしが持ち込んだんだ。コレ苦労したよ。
「若武衛さま自身も摩訶不思議な品々をお持ちになっている。ワシには想像もつかぬからくりの道具をいろいろ見せて、触らせて下さる」
それってカラオケのことかな。坂井さんがこわごわマイクを持っている姿が頭に浮かぶ。ちょっぴりプリティ。
「城中でこまごました内輪もめをしておるワシらと、どだい格が違うのだ。
先般、今川の御子が参った時にもつくづくそう感じたが。
――じゃからワシは、織田大和守家をこれからも繁栄させ続けるには最早今川か、
弾正忠家か、いずれかの助けを借りなければならぬと覚悟したのだ。
それが無用の戦を失くし尾張の民のためにもなるのだとな。――よってワシは……!」
「……は。そうですか」
雄弁かつ熱弁だ。
でも本心を語ってるって保証はない。
もしかしたら、ただ思い付きを言い並べてるだけなのかも知れないし、もしくは、何らかのワナにはめるために周到に計算した、大人の、ズルイ胸中の吐露なのかも知れない。
けれども一つだけはっきりしているのは、この坂井って人はわたし、木下藤吉郎を【そんな話をする価値のある人物】、利用するに足る人物だって見てくれてるって事。
じゃなきゃ、清須の大和守家と那古野の弾正忠家が衝突寸前の最中に、わざわざ出任せだとしても、作戦だったとしても、こんな薄気味の悪い、得体の知れない小娘に会って、話し込んだりなんてしないでしょう? 少なくともわたしはそう思うよ。
つまりは、要するには、わたしは上手くすれば、この大物と対等に渡り合える状況に置かれてるってコトなんで。




