45歩 「平手家の騒動(2)」
那古野城内の馬場にて、わたしは乙音ちゃんと横向きで並び、袋に入った【金平糖】をガリガリかじり合っている。
やがて口火を切ったのはわたし。
「あのね! 政じいはフツウのおじいさんなんだよ? 武士みたいに死んじゃいけない。わたしがさせない」
わたしがまくしたてると、芯のこもった低い声色で乙音ちゃんが反抗する。
「じゃあ。わたしにどーしろってんですか。謀反人は徹底的に始末しないと、後で泣きを見るのは自分の方なんですよ?」
「……政じいはさ、国語が得意なんだ。それに似顔絵とか演歌とか結構うまいんだよ? コマ回しとか、竹とんぼとか、それに胴馬? 子供の遊びが大得意でさ。他にも、ソロバンだって教えてくれて、苦手の数学がちょっとだけ好きになっちゃたよ。それに……それに……」
「平手中務丞は、親子ともども成敗します。でも、彼の孫の秀千代は、弾正忠家で引き取ることにします。家臣どもは、佐久間信盛さんに引き継がせます」
――うう。聞く耳が無い。
面会を申し込んだらスグOKしてくれた乙音ちゃんだったが、わたしの話に眉を寄せ、キビシイ面持ちで宣告された。同情心を誘おうとしたんだが、かなりの劣勢だ。
「毒まで飲んでセキニン取ろうとしたんだよ? それで充分じゃない?」
「けど結果的には死んでません。――ちなみに。彼が呑んだのは毒とちゃいますし。逆に考えてください。遺される側の身を考えたら、一方的に死を選ぶとかって、めっちゃ無責任な行いだと思いませんか」
「いま、毒……じゃないって言った?」
ゴホン……と咳払いして乙音ちゃん。
「……〇露丸です。中務丞が服用したのは」
「正〇丸?!」
政じい、別の薬と間違ったらしい。
ホッ……とした。というか、力が抜けた。
「織田信長……殿はなんて言ってんの? 裁断あおがなきゃだよ?」
「アニサマは小折城に今日も引きこもってます。吉乃さんのコトで今は頭がいっぱいみたいです。わたし、ジャマモンになりたくないですし」
どことなくトゲのある言い方。
吉乃さんは前に何回か前将さんと行ったことのある【生駒屋敷】って庄家に住んでいたお嬢さまだ。そこで知り合って、信長さまと吉乃さんは事実上の夫婦になっている。
「ジャマモンって! そんなのオカシイ、いまは人の生き死にが掛かってんだから! それに政じいは織田弾正忠家にとってかけがえのない人じゃないのさ! プライベートに気を使ってる場合じゃないでしょ?!」
そしたら乙音ちゃん。顔色を変え、わたしの持つ金平糖の袋に手を突っ込み。
「ここは血で血を洗う戦国時代なんですよ! サラリーマンみたいに決済待ちなんてしてられませんし、第一報告したらあのアニサマの性格ですから『許してやれ』とか勝手気ままにゆーでしょう、きっと。けども敵の内通者を見逃したことがバレたら、当家は他家からバカにされますやん! そんで第二、第三の裏切り者が生まれます! 可哀想なんですが、あの方には見せしめになってもらわなアカンのです。それしか道がないです」
今度はわたしが、彼女の袋に手を突っ込んだ。
「正論言うだけが正道じゃないでしょっ、なんでも無くしちゃえばいいってモンじゃないよ!」
乙音ちゃん、わたしの手をガッシと押さえつけ、
「陽葉センパイは大局的にモノゴトを見なさすぎなんです! それに、フトコロを深くすんのんと、ナアナアで通すのんとやったら、ゼンゼン意味合いが違いますっ」
わたし、大きく息を吸い。
「――わたしっ! 今まで誰かから頼られたコトないんだ。だから頼られたら、なんとかしてあげなくちゃって思っちゃうんだ! そうしなきゃ、わたしはずっと、自分すら助けてあげられない気がするんだ! わたしがわたしになれない気がするんだ! だからわたし、政じいを助けたいッ!」
「ナニ言いたいんかゼンッゼン分かりません!」
「わたしだってわかんないよ!」
ヘの字に曲がった乙音ちゃんの口。たぶん、わたしも同じ口してるだろう。
睨み合いのまま、言葉の応酬がいったん止んだ。
ふと、意識の外側にいた馬が「ブルルッ」と鼻息を荒くした。
うっ! クサッ? なんだ?!
「若葉!」
「うわッ、わたしらの真っ近くでオシッコしてる?!」
若葉は乙音ちゃんの愛馬だ。
――と、妙なおかしさがこみ上げ、「ハァ」とふたりそろって息がもれた。まるで鏡のよう。乙音ちゃんも気が抜けて口元がほころんでいる。
「……わたし、聞いたよ。政じいが一命をとりとめたって第一報が入ったとき……乙音ちゃん、涙ながして喜んでたって」
「なあっ……。それ誰から?」
「前将さんだよ。死なす気なんて、初めっから無かったんだよね?」
こんどは「う」とうなった乙音ちゃん、「あのオッサン……」と目を怒らせる。
「……摂津、河内に潜ませている忍びがおります。その者のところに妻子ともども出奔させます。名を変えて素性を隠し、六角、三好、本願寺、松永など畿内の大名の監視をしてもらうつもりです。アニサマにもオーケーもらってます」
背筋をまっすぐ伸ばしたわたしは、深々と彼女に頭を下げた。
「ありがとう! 乙音ちゃん!」
「センパイを調子づかせるから黙ってるつもりでしたが色々バレてたみたいで仕方ないですね。……お礼をされる筋合いは無いです。わたし的には甘々すぎる自分にハラ立ててるんですから」
それと、と付け足しをする乙音ちゃん。
「陽葉センパイの主は誰が何と言おうとこのわたし、維蝶乙音ですから。そこのところ、カン違いしたり心変わりすれば、ゼッタイに赦しませんから。ラジャ?」
御意です。乙音ちゃん。




