44歩 「平手家の騒動(1)」
さっきまで激しく地面を叩いていた雨が勢いを弱め、裂けた雲の合い間から陽光が山すそを照らし始めた。
何鳥か名前はわかんないが、ちいさな群が喜びを表現するように勇みだって上空へ舞い上がり、思い思いにさえずりを発している。
――熱田社宮の一角に部屋を用意した丹羽五郎左さんは、そこである人物をわたしに引き合わせた。そうして、とっとと出て行った。
織田勘十郎さんのお屋敷を出てから、わたしは頭の中に【混乱】の渦巻きを発生させていた。
勘十郎さんへの出仕を断ったら政じいが殺される。
かと言って命令を受けたら、わたしが乙音ちゃんに殺される?
「ああ。グリ〇のカフェオレが飲みたいッ」
と、人目も構わず往来で吼えてたら、バッタリと丹羽さんに会い。
「良かった。ちょうどお主を探しておったのだ。さ、早く来てくれ」
「え? え? なんですかっ?」
番傘かかげて引っ張ってこられたのがここ、神社近くのお宿。
それで、彼のお役目は終わったようだった。
「よくよく平手さまの事、お頼み申す」そう拝み倒して消えてった。
そして現在。
わたしは面識のない人物と、ボーッと向かい合いになっていた。
「あらためて。それがし、平手五郎右衛門久秀と申す。平手中務丞が長子じゃ」
「へっ? 政じいの?!」
長ったらしい名前なんだが、つまりは政じいの息子さんだ!
身を固くしたわたしは、どうにか浅いお辞儀を返したが、正直、途方に暮れた。
「今朝がた、父君が毒を呑んだ」
な……!
愕然としたわたしは眩暈をおぼえ、ガックリと首を折った。
「……なんで」
五郎右衛門さんは引きつらせた頬をさらに歪め、わたしに向かって土下座した。
「すべて拙者の不徳の致すところ、申し開きはござらん。いかなる処罰もお受けする。だが……なんとか、父、中務丞だけは貴殿の取り成しで救って頂きたい。頼む!」
そのときわたしは誰から見ても「困惑」の文字をオデコに刻み込んでいたろう。なんせ、事情がまったく呑み込めてないんだから。
「勘十郎さまが主家の大和守家と通じ、弾正忠家さまの追い落としを図られた。それには与力の林さま、柴田さまもご同意され、このワシも加担した。悩んだ父が丹羽殿にすべてを打ち明けたという次第じゃ」
息継ぎ無しでしゃべりきったせいで、苦しそうに呻いた五郎右衛門さんは、板間に突っ伏して、吐き気を催した口を自らの手で押さえつけた。
「いまごろ五郎左さんは、信長さまや乙音ちゃんに言上してるんだろうな……」
そのつぶやきには冷ややかかなウラミを込めていた。
「五郎右衛門さんはどうするつもりなの?」
わたしみたいな下の者に、大の男が土下座までして重大事をペラペラ話してんだ。わざわざ聞かなくても覚悟は十分伝わってる。でも、そのときのわたしには手加減する気持ちが湧いてこなかった。
一瞬身震いした五郎右衛門さんは静かに顔を上げ、わたしを睨みつけた。
白かった肌が生気を取り戻し紅潮している。
――やっぱりこの人も武士だ。
「それがしの頸をお持ちくだされ」
つい、うなづいたが、慌ててかぶりを振って断った。
「いらない、いらないっ。そんな物騒なもの、ゼッタイにいらないから!」
「父が助かるのなら本懐でござる」
「ちがう! それが逆に親不孝だっての! わたし乙音ちゃんと話してみる!」




