43歩 「織田勘十郎」
わたしのポリシーは【まっすぐ生きる】だ。
……いえ、とっさの思い付き、取ってつけた嘘デスが。
実際は屋敷の前でウロウロしてたところを番士に見とがめられて屋敷の中に連れ込まれただけだ。
ダレにって、……そりゃ織田勘九郎だよ。
ラッキーだったよ、そりゃねぇ。
「どうした? ワシに何か用があったのだろう? なんなりと申せ」
「い、いやぁ。アハハ……」
あなた! お兄さんの信長と、妹の乙音ちゃんを裏切って織田家の統領になりたいそうですね!
……なんて単刀直入に言えるわけないでしょ!
「あー、さては金の無心か? 幾らいるのだ? 恐らく暮らしに困っておるのだろう? 乙音のヤツはなかなかキビシイ女子だからのう。成果を示さねば俸給にはありつけんじゃろ?」
「ま、まぁそんなところです」
ヤメテ、そんな優しい眼差し。
わたし、あなたを不審に思ってここに来たんですよ? わたし、自分がキライになって死にたくなりますから。
「兄の前ではワシも厳しい事を申したが、それは詫びる。必要なだけ、用立ててやるから何とか主命は果たすのだ」
「あ、いや清須で織田ヤマトさんにはお会いしました。清須見物を勧められましたよ?」
「ではナゼそれを早く申さぬ。主命を忘れおったか」
「も、申し訳ありません」
乙音ちゃんには報告してたんだけどなぁ。
横のつながりは無いんだよね。
勘十郎さんは別に怒っているわけではなさそうで、その後はとりとめのない雑談になった。
【愛知県国】の食べ物だとか、人柄だとか、田畑の収穫量だとか、勘十郎さんの関心事項に色々知ってる範囲で回答を繰り返した。
やっぱり信長さまと似てるなぁ。
けれども決定的に違うところがあった。
――ひとつは眼の輝き。
勘十郎信勝さんは、未来を見詰めるイキイキした眼差し。信長の殿にはそれが無い。いつもどことなく遠くを眺めているような、おぼろげな様子。でもたまに、どんなことでスイッチが入るのか分からないけど、意欲にあふれた炎を宿しているときもあって、ドキッとさせられることがある。
――そして、性格。勘十郎さんはとても快活で、暗所に光を照らような、沈んだ空気を明るくする才能がある。明快単純。
でも、信長さまはどちらかというと内向で物静かだ。何を考えているのか見当がつかない。
勘十郎さんは小姓を呼び、三方に載せた豆粒大の黄金を5、6個、褒美だと言っておしみなく呉れた。
なんていい人!
これって宝石屋さんとかで売れるのかなぁ。……などと邪に思ったり。
せいいっぱいの感謝を込めて、最近すっかり板についたお辞儀をそつなく実施。
で、ここからが本題だ。お腹に力を込め、姿勢を正す。
そして、
「平手中務丞の罷免をお申し付けください」
「何だと?」
「彼の者は織田家転覆を企てております。このまま捨て置けば良からぬ事態になります」
勘十郎さんは妙な顔付きになって首をかしげた。
「……良からぬ事態とな? その噂の出どころは、オヌシか? それとも美濃姫か?」
「……わたし、です」
ますます首をかしげる勘十郎さん。
今の今まで晴れ渡るような笑顔だったのが瞬時にそれを失せさせ、真顔になったのは、向後の手立てを算段し始めた兆候なのか。10カウント数えて待ったわたしは、言葉をぶつけた。
「おそれながら。平手中務丞は林新五郎(秀貞)さまとの密会を周りに知られております」
ハッとした彼。
「……誠に面白きヤツ。じゃがその申しよう、すこぶる出すぎじゃな。……藤吉郎」
「はっ? ごめんなさいっ」
「藤吉郎、そなた美濃姫から離れ、ワシの家来になれ。兄にはワシから伝えておく」
「光栄ですが、お断りします」
「わはは、即答であるか。では藤吉郎よ。那古野の兄に……いや、美濃姫か、もどったらアヤツに伝えておけ。『このままでは織田の未来は無い。もっとしっかりせよ』とな。それからもうひとつ、『尾張の主は、未来を見通せる力が不可欠じゃ』とも」
「……は」
「時に、そなたは兄とワシとどちらが弾正忠家の当主っぽいと思うか?」
「当主っぽい……ですか? 見た目の勝負はカンベンしてください」
「では、美濃姫とでは、どうじゃ?」
……織田勘十郎信勝さん。あなた、わたしに何言わせたいの?
この人ケッコウ食わせモンだ……。
「藤吉郎。そなたがワシの家来になる件は命令じゃ。さもなくば平手の命は無い」
陽葉を勧誘?




