42歩 「政じい」
わたしが那古野に滞在するときは、もっぱら政じいのお屋敷に厄介になっている。
政じいってのは、織田弾正忠家家臣、平手中務丞政秀。長いのでわたしはいつも【政じい】って呼んでる。
政じいは、御年52歳(ただし自己申告による)。
この時代からすればもうおじいちゃんの域なのかもだけど、背すじはいつもシャキッとしてて、ちらほらと白髪が出ているものの、毛量自体は若い人と比べてほとんど見劣りしないし、イケてる紳士をどうにかキープしてると思う。
――わたしは政じいのことが大好きだ。それに彼の奥さんとも大の仲良しだ。
奥さんはわたしにスゴク優しくしてくれるし、わたしから学校の話を聞いては、いつも相づちを打ってニコニコと楽しそうにしてくれる。
平手家は織田信長の家系、織田弾正忠家の中でも旧来から家格が高くて、政じい自身、先代織田信秀時代からの重臣だったそうだ。
3年前に突如隠居宣言してからも、政や訴訟なんかの悩みを抱えた相談者がひっきりなし。それと引きこもりの信長さんをいつも気にかけている。
「殿の出不精はいつになったら直るんかのう」
殿ってのは言うまでもなく織田信長さんだ。
――で。
わたしの任務なんだが。
今回、政じいの家を訪ねたのは単に一宿一飯のご厄介になるだけ……ではなく、乙音ちゃんから受けた命令を実行するためだった。
……なんだが、わたしは政じいの奥さん、オキヨさんというが――から、柿をむいてもらって、ノンビリと縁側に腰かけている。
「政じい。一緒に食べようよ」
「こりゃどうも」
こんな風景、祖父とその孫そのものだと思う。季節は秋。食べ物の美味しい季節。紅葉を見におじいちゃんちに遊びに来た……そんなシチュエーションが頭に浮かぶ。
「わたし今度、前将さんと又左の3人で三河国に偵察に行くんだ」
「……でも宿題はちゃんと片付けたのか? それをやってからでないと遊びに行っちゃイカンぞ」
気にしたのそこォ?
遊びじゃあアリマセンよ! ま、いっか。
「はーい」
今回の時間切れまであと4日ほど。4日経てば、いったん現代に帰んなきゃならない。それまでに政じいに「クビ」を宣告しなくちゃならない。乙音ちゃんに完了報告しなきゃなんない。
でも、いつ切り出そう?
タイミングがつかめない。
オキヨさんの後ろ姿を眺めたわたしは、ザルに残った柿をひとつ拾い上げて、それを両の手のひらでコロコロと揉み転がした。
昨日の晩の、オキヨさんの話を思い出したのだ。
*** *** ***
「不思議じゃ。じいさまは変わられた。っちゅーより、まるっきり別人じゃ。……ある日突然にのう」
「べ、別人?」
季節外れの怪談話でもすんのかと掛け布団を握り締めて身構えたよ。
「……前のじいさまは、じいさまっちゅより殿さまじゃった。まっすぐで、勇敢で、やけれど意地っ張りで。お侍そのものじゃって思うた。アレはアレでいい男やったが」
あ……。
その話か。
わたしはオキヨババの柔和な横顔をじっと見てから、意を決して口を開いた。
「それ、政じいから聞きました。政じいはたぶん数か月くらい前に、わたしらと同じ国からやって来た異国人なんです」
*** *** ***
「あのう、ずっと気になってたんだけど、政じいって大阪出身なの? 関西弁? わたし、小5まで大阪に住んでたから」
「ほほう、大阪に。……そうやな、ワシャ、忘れもせん、昭和56年の7月25日まで、大阪の鶴橋ちゅうとこでパチンコ屋の店員しとった。……鶴橋駅近くのコインシャワー使っとって戦国の世界に跳んだんやな。文無し・甲斐性無しの儂がこんなたいそうなお屋敷持たしてもらって。それまでずっと独身やったのに、奥さんまで出来た……。ホンマ、夢のようじゃ」
政じいの激白だった。やはり政じいは【戦国武将ゲーム】に参加したひとりだった……。
*** *** ***
「うんうん。そーけぇ」
わたしの話を聞いてもオキヨババは意外にも動じなかったんだ。
「――でも、別にババをだますつもりだったとか、丸め込もうとか思ったわけじゃないと思います。ただ話せなかっただけだと思います。……こっちに来た時に、こっちの人と勝手に入れ替わっちゃうんです。誰と入れ替わるのか、本人には分からないんです」
【ホンモノの木下藤吉郎】と入れ替わったわたしと政じいの話が重なって、自分自身のコトを言われている気がしてつい弁解めいた。
「うんうん」
「だから……。政じいを赦してあげてください」
ババは拝むみたいにわたしの目の前で手を合わせた。
「いえいえ。逆じゃ、逆。今のじいさまを疎ましゅー思うたことは一度もねえし、むしろ、でらありがてーと思とる。大切にしとりゃーよ」
「オキヨババ……」
――その夜おそく、現在の一ノ家老、林秀貞さんとともに帰宅した政じいは、日付が変わってからも、ずっとふたりきりで話し込んでいた。
*** *** ***
「政じい。政じいが【戦国武将ゲーム】のオープンプレイヤーだっての、オキヨさんにはバレてたよ?」
「……そうか、ババサマにはバレとったか。そりゃそうやな、ワシャ争いとか、血ィ見るの苦手やから、戦国武将っぽくないかなぁって自覚はあったがなぁ……」
「政じい、ずいぶんムリしてるものねぇ」
「入れ替わる前のジイサンは本当に有能やったんやなぁ。ワシゃもう大変じゃよ」
「……昨日の晩、林さんとどんな話してたの? わたしが美濃姫さまから主命を言いつかったの、もしかしたらもう知ってんでしょう?」
「ふはは……。ワシをクビにしたいって件かの?」
うう。……やっぱ知ってたんじゃん。
「ワシが林から相談されてるのは、殿の弟君が謀反を計画してるので協力して欲しいとの要請じゃ」
へ?
はあ?
……む、謀反?
「む、謀反ーッ?!」
「シーッ、声が大きい! 弟君の織田勘九郎信勝さまは兄の弾正忠上総介信長さまは頼りないとお考えなのだ」
「でも乙音ちゃんがいるじゃん?」
「一言で言おう。信勝は乙音ちゃんがキライなのじゃ」
ウンウン。
……ま、分からんでもないが。
信勝さんは、乙音ちゃんが戦国武将ゲームのプレイヤーってのは知らないんだし、(そもそも戦国武将ゲームの何たるかもだけども)彼女を本当の身内だって思ってるだろうし、骨肉の争いを演じようとするのも戦国の世なら当然かもしれないしな。
にしても、「キライだから」のヒトコトで話を片付けるのはいかがなものかと思いますが。
「ところで陽葉ちゃんは歴史、好きなんか? 現代に帰ったら、マメに知識つけとくんやで。色んな場面できっと役に立つやろ。……ワシもな、実際こっちに跳んで来た時点でゲームオーバーしたやも知れんが、どうにか乗り切れたんは司馬〇太郎さんの小説のおかげやったんじゃからな」
「小説ねぇ……分かった……。わたしもシバリョー読んでみるよ。ありがとう、政じい」
次回から「月水金」更新に戻ります。




