39歩 「ガイドブック」
姉の氏真から、ガイドブックをそっと取り返した元康ちゃんは、ふたたびわたしの眼前にそれを置き直した。でも、それに触る気にはなれなかった。わたしにはふたりの会話の意味するところを図りかねた。代わりに香宗我部が本を拾い上げた。
「アンカーが何たるかを知るには、そのガイドブックの冒頭を読むのが手っ取り早いかと存じまする」
香宗我部が怪訝そうにページをめくる。
読み上げようか? と目線を送るのでうなづいた。
「――第一章。これまでの経緯。歴代の優勝者の足跡」
無頓着に読んでくれる香宗我部が有難い。だってコワイもん。彼は淡々と、詰まることなく内容を聞かせてくれた。
「えーと。【戦国武将ゲーム】はこれまでに4回実施された。結果は以下の通り。
――第1回の優勝者は武田晴信さん。
序盤で早々に上杉と同盟を結び、大挙南下。今川と連合を組んで北条を撃破、下野、武蔵、上総の支配権を奪うと危機感を覚えた今川との関係を急速に悪化させた。1567年、今川領となっていた相模に席巻すると、そのまま東海道の要所を一気に制圧。関東および東海地方を押さえた。その間、信濃をめぐって上杉と激しい争奪戦を繰り返したが、朝倉、三好の周旋によって朝廷を動かし、上杉の封じ込めに成功。1570年、美濃の斎藤を亡ぼし、大軍での上洛を果たし、管領の地位に就く。足利将軍を傀儡化し外戚策により実孫を将軍に仕立てて天下を手中に収める。事実上の室町中興の功臣として、歴史に不動の名を刻む。
――第2回の優勝者は明智光秀くん。
武田とともに足利義昭を将軍に押し立てて京都守護職の地位を得る。武田晴信が病死したのを契機に幕府内では、東日本の群雄を軸とした内紛が勃発。応仁の乱とともに、悪政が招いた事件とされ、元亀の乱と呼ばれた。明智は苦闘の末、武田一族の追い落としに成功。親将軍派をふたたび台頭させる。三好氏との長年にわたる抗争を続けた結果、勝利した光秀は1577年、血縁となっていた細川一族を世襲管領の座に就かせ、自らは一代限りの副将軍として室町幕府を支え、使命を全うする。
――第3回は徳川家康ちゃん。
過去2回の優勝者によって優位性を知る武田、明智がそれぞれ強敵となって立ちはだかったが、逆にそのことによってダークホースだった織田信長、豊臣秀吉らによる天下争奪のリレーが行われる結果が生まれ、最終的には徳川の世となった。当回はエンディングまで最長の年月を要した。
――そして前回、第4回からオリジナル武将のエントリーが可能になり、織田美濃が大躍進を遂げるが、次いで細川藤孝、大外儀片と実権が引き継がれ、最終勝者は【無し】という異例事態となった。
まず織田美濃は尾張の織田信長に代わり、今川義元を撃破し上洛。斎藤、細川を抱き込み足利家の後見職に就き、三頭政権の主幹を担った。その後【逢坂の変】で織田美濃が倒れると細川藤孝が【山崎の戦い】で後継者の地位を築いて執権となり、室町中興の立役者となった。
そしてオリジナル武将でエントリーした大外儀片が歴史的には泰平の世を拓いたが当戦国武将ゲームに新たに追加されたルール、【18歳到達時にゲームクリア条件を満たすプレイヤーでなくなる】に則して、優勝資格非認定とされた。
――なおいずれの回もアンカープレイヤーが優勝できなかったので、このたび5度目の大会が催されることになった。
なお、今回のグランドプレイヤーは前述の優勝者3名。スイッチプレイヤーは10名。アンカープレイヤーの名は例によって伏せられている。オープンプレイヤーへの救済は前4回と同様、無し。今回の【戦国武将ゲーム5―真王の誕生―】クリアに向け、全プレイヤーは一層の奮励努力のこと」
香宗我部の音読が止まった。
「……意味が理解出来ねぇ。結局、この鬱陶しいゲームは誰が始めたんだ?」
――うんうん。香宗我部の指摘はもっともだ。わたしも気になる。
何とかプレイヤーってのも気になるし。
「申し訳ない。わたしたちは【ゲームマスター】と呼んでまする」
「分かってたら直接本人を締め上げて、てっとり早くゲームを終わらせてんよ! ノータリンめ」
と、氏真。低レベルな罵倒語を語尾につけるのは彼女のクセらしい。今川っていう途方もない高家の設定なのに、それにちっとも配慮する気持ちが無い。ただ言ってることは、これまたいちいちごもっともですが。
「しかしお言葉ですが。わたしはこのゲーム、せっかくだから優勝してクリアしたいな」
「かくゆうわたしが前々回の優勝者でする。でも、アンカープレイヤーではないとのことでクリアにならなかったでする」
うん。確かにそう書いてあったよね。
アンカープレイヤーってのがこの場合、このゲームのキモになるわけっすね。
「はーいっ! しつもんっ」
「はい。木下さん」
「元康ちゃんはグランドプレイヤーなんだよね?」
「いかにもグランドプレイヤーでする」
「それならスイッチプレイヤーとオープンプレイヤーって何か教えて?」
そしたら氏真にどつかれた。
コンノォ、言っとくがわたし高校生でアンタ中学生だよ? わたし年上で目上だよ?
「テメエで読めよ、バカ!」
……あ、そっか。ガイドブックの続きを読めばいいんだ?
香宗我部、そんな他人事な目をすんな!




