37歩 「再び女児真ちゃん」
昭和63年秋――。
ただいまバイクで疾走中のわたし。
ま、2ケツの後ろに乗っけてもらってるだけだが。
「ねぇ! なんでアンタ、バイクの免許なんて持ってんのっ?」
「ああ? 取った! このバイク、高校入学の祝いにジイチャンに譲ってもらったんでな! でも古い型だからバイク屋に相談してレストアしてんだぜ!」
「……フーン」
レストア? とやらが何か分かんないんで、気の利いた返しはできません。
だから話題を変える。
「ちょっと地図見たいから停めて!」
――わたしは今、愛知県東南部の大府市ってとこに来ている。
……香宗我部って名前の男子と。
あーコイツ?
まあ、ただの幼馴染の隣人でクラスメート。母親同士がパート先で仲いいもんだから何とはなしに腐れ縁を続けてる。まあ良くある話でしょ? でもホントに腐れ縁だから。
で、コイツが「ドライブしねえ?」などと軽薄に誘ってくるんでこれ幸いと、これまで行く機会のなかった土地へ連れて来てもらったわけ。
乗りなれないバイクの震動に辟易し始めたところだったので、ちょうど目についたジャ〇コ(平成で言うところのイオ〇的な?)に寄り道をする。
「へー。街の郊外に案外大きい店があるんだな」
広い駐車場はまばらの入りだった。
「ノドがかわいた。おごって」
「何だよ、機嫌ワリーなぁ」
「だって、思ったより遠かったんだもん。方向あってんのかなぁ?」
目指すはまだ先の刈谷市。
事前に地図で確認したところ、ここらあたりは広範囲にわたって自動車関連の工場が集まっている土地柄らしい。来る途中に目についたのは、とても広い田畑とポツポツと点在する雑木林、そのただ中を縦横に貫く道路と交差点。
寄せては去りゆく足早のトラック。威容を誇り居並ぶ、巨大な工場建屋――。
「陽葉。お城の跡ってまだ先なのか?」
飲食コーナー(これは平成で言うところのフードコートね)でひとごこちついた香宗我部は、流石にうんざり顔を浮かべてる。
「ウンそうね、もうちょいかな。つーか呼び捨てすんな!」
「やかましい。オレは昔からお前を【陽葉】って呼んでんだ。今更変えらんねぇし」
「じゃあ。わたしもこれからアンタを一三って下の名前で呼ぶよ?」
するってーと、香宗我部のカオがパアッと輝いた。
それを見て急に恥ずかしくなった。
「……やっぱ、ゼッタイ呼ばない」
「なんだよ」
そっぽを向いたわたしは再び地図を眺め直した。
今回の目的は、かつて刈屋城や緒川城があったあたりに、コインシャワーが設置されていないかを調べる。
現代から直でコインシャワーを利用して侵入するルートを確保するわけだ。
ハラ立つけど、これはこの、わたしの目の前でカッコつけてブラック缶コーヒー飲んでる香宗我部のアイディアだ。
コイツの案によると、コインシャワーさえあれば、どの場所からでも戦国時代と行き来できるわけで。
このあたりのコインシャワーを使えばまんまと三河(愛知県東部)や遠江(静岡県西部)に侵入できるわけって寸法で。
これで国境越えが楽々できるでしょ!
この手を使って第一の任務である、松平元康つまり徳川家康と知り合う事だって出来るかも知れないし。
「なあ、陽葉。……さっきからさ」
「なんなのさ」
ホットレモネードに舌鼓を打ちながら、生返事する。
「さっきから、ずぅーっとオマエを睨んでる中坊がいるんだけど。ウラミでも買ってんのか?」
「……。コワイこと言わないでよ」
言うに事欠いてウラミって。その相手は香宗我部、アンタじゃないの?
まったく物騒この上ないな。いったいどこのどいつなんだよ?
もしかしてクラスメート? まったくウザイ。なんでこんなところにまで、しがらみが蔓延ってるんだよってわめきたくなる。あぁ、振り向きたくないなぁ。
「たぶんさぁ、前に陽葉に泣かされたヤツなんだよ。待っててやるから相手して来いよ」
「泣かした? アンタねぇ……人聞きの悪い」
香宗我部の言い方にムッとして覚悟が決まった。
ギロッと目線をくれてやると、その瞬間に火花が散った。
「……あ、アンタはッ!?」
ほおづえをついた幼女、失礼、少女。




