36歩 「新たな使命」
颯爽と廊下を渡って来る乙音ちゃんに遭遇した。まわりにいる人らの手前、わたしは軒先に降りて平伏した。チラリとわたしを見下ろした彼女、「藤吉郎、すぐ部屋へ」と鋭く命じ、また足早になって去って行った。
言われた通り近回りして、彼女の到着前に部屋前で平伏して待った。スカートすそからふわりと漂う甘い香りが鼻孔をくすぐった。
わたし、ヘンタイっぽい? いやホントいい匂いだったから。
「センパイ。仕事です。どうぞ部屋へ」
ふたりで密室に籠るや、空気が一変する。
「わざわざ地べたに這いつくばるほどの土下座なんて。そんなん、せんでもエーですから」
「土下座じゃないよ、平伏だよ、挨拶だよ! そうは言ってもアンタはエライさん、わたしは草履取りなんだから。しょーがないもーん」
「……聞きましたよ、信長から。早朝のお勤め」
「ああ? 草履取りの件?」
「ハゲネズミの件です。この通り、ごめんなさいですって! ちょっと揶揄っただけなんですからぁ、許してくださいよー」
「あーそっち。どーせわたしはハゲネズミの底辺っ娘ですからぁ」
「んもー。謝ってるやないですかぁ。それより指令、陽葉センパイに特命指令です!」
「はいはい。何なりと」
乙音ちゃんは軽く咳払いをして、声のトーンを落とした。
「三河の松平元康とコンタクトを取ってください。そして出来れば味方に引き入れてください」
「はいはい……って三河? 尾張の隣の? 松平って言ったら徳川さんじゃなかったっけ?」
「そうです。未来の徳川家康。それを味方にすれば、今川の脅威も少しは弱まると思いますので」
「安直だなぁ。分かった、いーよ!」
乙音ちゃんから道中の資金だと路銀を渡された。
「あ。それともうひとつ。織田家家中に平手政秀という者がいます。その男をクビにして下さい」
「はいはい、クビね。……ってええッ!」
平手政秀さんはわたし知ってる。
わたしの那古野での暮らしを色々面倒見てくれてる、人の良いお爺ちゃんだ。
「ヤダよ! 第一人事担当でもない新入社員のわたしが、どーして定年間近のベテランお爺さんの肩たたき宣告しなきゃなんないのっ?!」
「センパイは総合職です! サラリーマンは仕事を選んだらアカンのです! ちゃんと成功報酬出しますから」
サラリーマンは気楽な稼業だって話、どこの誰が言ったんだ? ちっとも気楽じゃないぞ?
いやいや、つーかわたし、戦国武将目指してんですが?
戦国時代に来てまでサラリーマン、つーかOL? そんなコトすんのっておかしくないですか?
「家康のヘッドハンティングと平手爺のクビ宣告。はい、いってらっしゃーい」
フンッ、このパワハラ&モラハラ魔人め!
「なんか言いました?」
「別になにも」
ブクマ8件目感謝「ブクマひとつはお城ひとつに等しい?」
大晦日を迎えることが出来ました。
ダラダラ書きの香坂に1年間お付き合い頂き、感謝申し上げます。
読者さまをより意識した1年でした。
来年は更なる向上を目指す年にしたいと思います。
今後ともどうかよろしくお願いします。




