34歩 「清須(3)」
女児っ子氏真のヤツ、わたしをギリギリとにらみつける。
が、わたしは動じない(表面上はね)。
業を煮やした氏真、直接手段に訴え出した。わたしに掴み掛かる。
「ほら、渡せ、渡せーっ、抵抗すんな、電池渡せっての……! こっちも演説させろって! このヤロー」
「いやだ、いやだっ。ゼッタイ渡さない! 斯波さん……若武衛ちゃんにカード返すまで渡さないっ」
「このまんまじゃ、こっちだけ悪モンじゃんかよっ。カード返してもイミないんだって」
「なんでイミないのっ?」
モメゴトがに低レベルになったせいで、決死の護衛に臨んだ又左も、それから氏真に従った部下らも、手をこまねいてただの傍観者になっている。
「オイ、義銀! オマエも手伝えよ。この女から電池を取り戻せ!」
――が、加勢を命じられた斯波義銀さんは、ステージ上に姿を現さず……ってか、正確にはステージすその渡り廊下で、ある人物の妨害に遭っていた。
「武衛パパぁ?!」
織田大和守さんと坂井大膳のオッチャンが居住まいを正して平伏した。ほぼ同時に家来衆もそれに倣った。それまで賑やかしかった見物人らも堰を切って土下座した。将右衛門さんと又左も例外じゃなかった。
周りに気圧されてわたしも、居た場所でとりあえずひざまづいた。その場にいるほぼ全員の額が地面につく。ただ一人を除いて。
「……今川殿、これはいったい何の騒ぎでありますかな」
尾張国の現守護、斯波義統。通称武衛さま。
守護家に往年の権勢は無いって聞いてたんで、内心ナメてたんだが、当の本人は公家色に染まったか弱い服装ながら、一国のトップにふさわしい泰然自若とした風格を有していた。
その気位に言葉を失った氏真は、小さく舌打ちして目線を逸らした。彼女は彼女で駿、遠、三にまたがる大大名の家柄を構えている。とはいえ、現時点じゃあくまで現守護職である父、今川治部大輔義元庇護下の一家来に過ぎず、例え跡取りでも形式上、その範疇から出るものじゃない。
しばらく無言の抗いを示したのち、とうとう膝を屈して「お騒がせし、失礼いたしました」と詫びを述べた。
武衛さまが鷹揚にうなづいたのを見て、再度頭を下げた氏真は、いからせた眉をピクピクとケイレンさせ、大股で立ち去った。
「大和守。此度の件、よそ者が自侭に振舞っておったがいかがした?」
坂井大膳の丸まった背中がビクンと跳ねたが、大和守の方は「はぁ」と、応とも否とも付かない返事を搾り出し、ひたすら深いお辞儀を続け、難を逃れた。
「長居無用。今のうちにいぬぞ(帰るぞ)」
前野将右衛門さんに引っ張られるようにして、わたしら一行は本丸を逃れ出た。




