3歩 「コインシャワー(1)」
自転車で10分ほどの場所にコインランドリーがある。
ちょっとばかり遠い気もするが、それでも中学ンときは時々妹と来ては、洗濯が終わるまでの時間、置き捨ての女性週刊誌でキャーキャー盛り上がったりしたもんだ。
そこのコインランドリーには、コインシャワーが併設されている。
客層は独り暮らしの大学生とか独身男、たまに近所のお婆さんなんかが利用している。敬遠しがちと思いきや、意外と女性にも人気がある。安さと手軽さの他に、備え付けの自販機で買えるアメニティグッズの充実感が魅力的だから、……かな。
幸いコインシャワーブースは空いていた。ちょうど夕食どき。だいたいの人は家に居る時間なんだろうな。イッパン人はそんなものさ。こんなときわたしはひそやかに優越感にひたる。だってなんかさ、特別な人種って気がしない?
……そう思うの、わたしだけか?
先に洗濯を済ませると宣言した恋は、仕切りの手前にあった女性客専用のコインランドリーブースにとどまった。靴下と、明日の体育で使うジャージの替えが無く、緊急事態なんだとか。
「15分経って戻ってこなかったら、死んだと思って諦めてくれ」
キメ顔でボケたのに恋のヤツ、チラッと侮蔑の目線をくれただけ。蚊を追い払うように「とっとと行け」のしぐさ。
な、なんてノリの悪い。
脱衣のスペースに入り、施錠。
「いくらだっけ?」
お金の投入口を確認する。
――と。
「ん? なんだ、コレ?」
【1552 開始】
遠慮がちに極細マジックで書かれている。
ただのラクガキだ。イラっとする迷惑行為だ。
どうせ悪事をするなら悪びれずもっと堂々としろ。
けれどもいつものわたしなら、それ以上は気にも留めず、見たこと自体、瞬時に記憶から抹消していたところだろう。でも、その日はちがった。
なぜか妙な興味を抱いたわたしは、そこに指を触れてみた。
したらば。
『せんごく武将ゲームぅ』
アナウンスが響いた。
「うわあああッ?」
あわてて飛びのいたが、なんせここは超狭い場所。後ろの壁に頭をぶつけた。
「あててて……」
『あなたは歴史好きですかぁ?』
「はあっ?」
冷や汗タラタラのわたしは、脱衣所に備え付けられたミラーを覗いた。そこがアナウンス音の出所だったからだ。
……でも、仕掛けがわかんない……。
「……は、はい」
――バカなのか?
わたし、素直に答えちゃってるよ……、わたしの中の冷静な部分がツッコミをいれている。
一応説明しとくと、カガミに映っているのは、わたし自身。
だってカガミなんだもん。
要は自分同士で会話している図ってことになりますね。
ああっ、ゾッとする。キモこわッ。
『戦国時代は好きですかぁ?』
「は、はい」
『戦国武将になってみたいと思いますかぁ?』
「はい!」
畳み掛ける質問。それに間髪居れずに回答するわたし。
もっかい確認しますが、ここはコインシャワー室……でしたよね?
わたし、必要最低限の状況描写してましたよね?
決して「ここはゲームセンターです」とかって説明はしてなかったですよね? 結論。このアナウンス、どう考えてもおかしいよね……。
『最後の質問ですぅ。あなたの好きな戦国武将をひとりだけ挙げてください』
「はあ?」