29歩 「女児っ子氏真ちゃん」
今川氏真……?
ええと誰だっけ、今川……。
あ、そうか。織田信長の仇敵、今川義元の子供だ!
ウンウン、桶狭間の戦い後に没落する運命の……。って、ええ!
敵だ、敵!
コイツ、堂々と他領の本拠に出入りしてるよ?!
「義銀! 遅くなったが持って来てやったぞ、カラオケ!」
「ほんとう? アンガトー!」
は? カラオケ?
ハンディタイプのカラオケマイクを受け取った斯波義銀こと若武衛ちゃんは、さっそく操作ボタンをいじくり始めた。わたしらへの関心は雲を吹き飛ばすように失せきったよう。
入れ替わりに今川氏真って女児中坊さんが、
「テメエ、何モンだ? 信長……いいや、織田美濃の手先じゃあるまいな? 偵察にでも来たのか?」
「……」
――マァソーデスネ。だいたい合ってマス。
「尾張守護家と今川はつるんでやがったか……!」
又左が憤りと焦りが混じったような呻きを上げる。それ、正しい反応!
「なかなかの行動派だな、ええ? 敵中にノコノコお出ましになるなんてよ」
氏真女児とやら、ずいぶんイヤミな物言いですこと。
てかさ、アンタこそなっ!
大大名の跡取りさまが隣国まで出しゃばって来るんじゃないよっ!
身の程知らずはそっちの方でしょ!
「……悪かったですか?」
「悪いね。とっても具合悪い」
又左に前野将右衛門さん、ひそひそとささやき合いつつ、わたしを庇って後退した。
ここでようやく険悪な空気を感じたのか、斯波義銀が間に入った。
「ちょ待ってよ。この人たち、現代の物をいろいろ持って来てくれたんだよ? 帰り方も教えてくれるみたいだし」
「騙されんな! コイツらは織田弾正忠の回し者だぞ?」
「弾正忠? それって織田の美濃?」
お、乙音ちゃんを……おとねん?
「そう、ソイツ! そうとうナマイキで、ヤなカンジだろ?」
「……別に、ヤなカンジしないよ? 乙音ってば、こないだ焼肉食べさしてくれたしさ、チョーおいしかったし。てかさー、マコトこそさぁ、なんかガッコと態度チガウくない? なんかチョーシのってて、エラソー? それよかおとねんの方がゼンゼンマシ」
「……マコトじゃなくて、氏真さまって言えよ、コノヤロー」
全身がこそばゆいような、無性にハラ立つような、変な心持ちになったところで一方的に辞去のあいさつを済ませ、退散する。
「ま、待ちやがれっ。まだ話し終わってねーじゃんかよ!」
氏真の怒鳴り声が聞こえたが無視し、守護館を出た。
又左の眉が上がった。
「珍妙な音曲が聞こえる。耳に障る。不快だ」
――ああ、それは多分、あの人らがカラオケ熱唱してんだ。
こりゃ、追い掛けて来てまでわたしらを捕まえる気なんて無さそうだ。
「機嫌よく歌ってるんだよ。又左も混ぜてもらったら?」
からかうと、ポカリとアタマのてっぺんをどつかれた。……まったく冗談通じないんだから。
遠い目の将右衛門さん、
「又よォ、美濃さまに伝えな。清須の背後に今川あり。あちらさん、余裕しゃくしゃくだとよ。簡単にこの城、手に入んねーぞ」
氏真ちゃん「持ってきてやったぞ」




