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25歩 「わたし」

 昭和63年冬――。


 教室の隅で女子らが掃除の手を動かさず、代わりに口を動かし放題している。用具入れにたまたまバケツを取りに来て出くわした。


「野村裕子ってブリッコやん。そう思わん?」


 ――ブリッコ? なにソレ?

 ※ブリッコとは。

 昭和末期に浸透した悪口で「可愛い子ぶっている」の略。「あざとかわいい」がニュアンスとして近い?


「思う、思う」

「確かにきしょい(気持ち悪い)!」

香宗我部(かそかべ)と話してるとき、ムッチャきしょい。木下さんもそう思うやんな?」

 ※きしょいとは。

 「気持ち悪い」の方言。


 ――木下さん? ……あ、わたしか? わたしもその話の輪に入ってたのか?


「え? えっと、その……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――よっく覚えてる。そうなんだよね。今にして思えば、多分これがすべての始まりだったんだ。


 ――あのとき。


 クラスが同じだって()()の女子ら相手に。

 ついつい言っちゃった()()()()

 

 ファッション誌のモデルみたいでなきゃダメ、「校則通りの制服なんて誰が着るかっての」とか言わんばかりのオサレな小学6年生。

 そんな同級生の女子連中にぐるりと机を囲まれ、そんなふうに同調、要するには「そうだね」の返事を求められたわたし、木下陽葉(きのしたひよ)は、そのとき、思わず正直に言っちゃった。


「てかアンタらさ、自分目線で人の悪口言ってるだけやん。悪口で盛り上がって安心してたらアカンって。悪口言う子は自分も同じように人から悪口言われるもんだよ」――と。


 ――ひとつ言っとく。わたしはその、おそらくはこれも同級生なんだろなって思われる野村何某ちゃんとやらの肩をもったわけでも、なけなしの正義感を振りまこうとしたのでもなく。

 単に彼女らが【内容スカスカな会話のクセに、恐ろしくカンタンに人を傷つけてんな】って、異様な不快さを感じただけだったんだよな。明日は我が身なんじゃないの? 気をつけろよ? って忠告とイヤミを使って「わたしにその毒吐くなよ」って威嚇したってかさ……。


「なにソレ……。どーゆーイミ?」

「どーゆーイミも何もないって。他人の事をどーのこーの言う前に、自分の身を振り返ろうよって言ってんの。悔しかったら自分を高めるしかないじゃん? そーでしょ?」


「……ナニ、コイツ……」

「きしょいー」


「……あ」


 やってもた?


 とにかく、「しまった」って思ってすぐに口をつぐんだ。けども、到底間に合うはずもなかった。


「ホンマ、何様ァー?」

「だいたいこんなヤツ、クラスにいたぁ?」

「知らん知らん」


 ――それからだよ。

 気ままで、切なげで、自己慈愛にみちたボッチ人生(校内ソロプレイ)が始まったのは……。


 だからね、どうせ独りでいる方が気楽で好きなんでしょ? ……って真っ当に聞かれてもホイホイ肯定しかねるのは、別にわたしが孤高に憧れてるのでもないし、かと言ってボッチに惹かれている訳でも無いからなの。


 世間並みの平穏と安寧を得るために欠かせない媚やへつらいが、ときたま結構おざなりになってしまってる――そう、どうでも良くなってしまってることがあってね。

 愛想笑いそのものに嫌悪さえ覚えちゃって。


 ……その、フツーの人から見ると結構欠陥めいた症状みたいなモノが露わになっちゃって、ついには常態化して。さいごには表裏逆転しちゃてて。


 先生サイドじゃ、いっつも通信簿には『協調性があるが積極性に欠ける』って書かれてたけれども、でも、これがてんで的外れなのは、いまのわたしの告白からある程度は分かってもらえたと思う。


「傍から」見るとたしかにわたしは、小さい時分から【大人しくて】【手がかからなくて】【いつもみんなから離れていて】【存在感の無い】子だったって自覚してた。


 スゴク分かってる。

 それこそモブ中のモブ、トゥルー・モブ。ホントは真のモブなんだって理解してた。

 

 そんな大人たちの認識をただ黙々と受け入れ、その上、それが常識なんだよと伝えられたクラスメイトらが公然とその【事実】をディフォルト設定していたのにも、わたしは気付きながらもうわべ上、まったく気にしなかった。そんな素振りを通した。


 ただ、それだけなの。

 ホントウにそれだけ。


 だからわたしは自分が()()()()なのを、誰よりも、自分が一番よく知っている。



 だからわたし今、そんな自分を変えようって、一生懸命もがいてるのさ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 天文21年春――。



 清須城大手門をくぐり、北櫓と呼ばれるお屋敷に案内されたわたしたちは、長い時間待たされ、やや陽が翳ったころになってようやく織田大和守信友(おだやまとのかみのぶとも)という人物に面会することができた。


 ――織田大和守信友。

 彼は、尾張国下四郡(おわりこくしもよんぐん)守護代(しゅごだい)職。


 ……ええとですね。


 守護ってのが尾張の知事だとしたら、守護代ってのはその直下の副知事……ってとこなんですかね。


 要は現代(しょうわ)じゃ、門前払いされそうなエライさんに会えたってわけですよ。


 あ、ちなみに織田信長は守護又代って身分らしいから、差し当たり県庁各部局の長か、もしくは自立経営してるってみるなら県内各市町村の長に当たる人だってことだね。


 くどいけど維蝶乙音ちゃんは、尾張国の守護(ちじ)守護代(ふくちじ)を追い落として、この清須っていう県庁(おしろ)を我が物にしようって画策してるって話になるんだよ。フツーに考えたら途方もない野望デスナ。


「ま、そういうことだ」


 前野将右衛門さんが満足げにうなづく。師匠が弟子に向けるまなざしで。


 ところで面会自体は好首尾だったんだけど、ミドルエイジの守護代(ふくちじ)さんのお話は古文の朗読かってほどわたしには難しすぎ、まるで外国語だったんで、応答はすべて将右衛門さんに頼りきった。


 将右衛門さん()の翻訳では、


「珍しいお土産をくれてありがとう。せっかくだから、ゆっくりと清須の町を観光して行ったらいいよ」


 って言ってくれたらしかった。

 その間、わたしたちから那古野の内情を聞き出す魂胆なんだろうって、将右衛門さんなりの補足解説もあった。


「これで清須に居座る口実ができたぞ」


 とも。たいへんよく理解できました、ありがとう。カッコイイ前将さん。



挿絵(By みてみん)

悪口言う子は!



次回から月水金で更新します。

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