23歩 「前将と清須訪問」
天文21年春――。
北尾張前野郷に居を構える前野将右衛門さんと合流したわたしは、護衛役の前田又左を伴い、3人でのこのこ清須城下までやって来た。
この地には尾張国の守護と、下四郡の守護代ってのがいるそうだ。彼らに会い、人となりに触れ、あわよくばうまく取り入って、乙音ちゃんや信長さんの役に立つ情報を得るのが今回の主命だ。
さて。
同行者の前野将右衛門さんは見た目20代前半くらい。
わたしよか6~7歳上か。年長の落ち着きを示し、ときおり思慮深げに遠くを見つめるクセを持つ。その口から発せられるセリフのだいたいは理に適ってたりするので、なんとなーくだが、一行のリーダー的存在になってる。
わたしたちが未来人だってことも、あらかじめ乙音ちゃんから伝わっているらしく、発言にいちいち気遣いを挟む必要もなかった。
……だけどねぇ。
「どうだ? 藤吉郎。ワシの《室》にならんか? 今なら三食昼寝つきじゃぞ。おぬしと肩を並べて歩いておると、心がざわつくでの。ふむ、我ながら妙案じゃなあ」
《室》ってのは、奥さんのコトだそうだ。けれどももっとツッコんで言えば、ラッマ~ン。愛人さんに近い意味合いらしい。
とにかくセクハラ発言してくるんだ。でもそんなことを言ってくれる男子なんてこれまで皆無だったから、嬉しい気持ちが半分くらいはあるんだよね。これって厄介だよねえ。
「よし着いたぞ」
さて、織田信長のいまの本拠地が那古野城だってことは前話で述べたよね。
だけど、この清須城ってのが尾張で一番のお城になるそうだ。要は那古野城よりもリッパだってコト。ま、現代の名古屋城に比べると、てんでなんだけどもさ。
ところで昨日わたし、昭和の清洲城に行ってみたんだ。今日の訪問に備え、下見のつもりで。
……でも、面影なんてまったく無しだよ。
今、目にしている戦国期の《清須城》には現代のようなカッコイイ天守閣も、立派な石垣も見当らない。だいたい建ってる場所じたいが、まるで違ってるカンジだし。五条川をはさんだ向こう岸にも、本丸っぽく塀で囲われた館群が見える。そっち側にも別のお屋敷が立ち並んでたが、
「それは守護館だ」
と、又左に説明された。
「アレが天守閣?」
目を凝らすと、本丸内に二層階の建物が遠望できた。
「いや、凝香亭だ。公家なんかを招いたときに利用しているらしい」
ふうん。なんか京都東山の慈照寺観音殿、銀閣に形が似てる気がする。……え? 詳しいじゃないかって? たまたまですよぉ。
それでさ、守護さん? って、ひょっとして京都かぶれ? って思っちゃったわけですよ。
「あのばかに高い建物は何なの?」
「高井楼。物見台だ。あそこから周囲を見張っている」
「見張り? でも、今は休憩時間中じゃない? ダレも立ってないよ?」
そう言ったら前野将右衛門さんが愉快そうに肩をゆすった。
「まさにゆるゆるじゃ、こりゃ末期的だな。美濃姫さまにとっては実に好都合」
陽葉佇む




