20歩 「信長さま」
天文21年春――。
「この者は【アイチケン】という遠い異国の地から来た渡来人です。わたしの古くからの知り合いです」
――ここは那古野城。織田信長の現在の本拠地。わたしは今、この城の主殿にいる。
居並ぶ重臣たち(わざわざ集まらなくてもいいのに)の中で知り合いは、傍らに付き添ってくれている又左君を例外にすると、ただの一人。
わたしを織田信長に紹介してくれた人物――。
維蝶乙音こと、織田美濃姫。
「アイチケン国……と申すか、吉乃より色々聞き知っておる。どこまでも続く大明の長城、灼熱の砂海、峻烈なる凍土、方形に切り立てた巨石を天高く幾層にも積み上げた王墓、蒙古の末裔が散った紅毛人の治める国。――地球と申すこの世は、果てなく拡がる天上のほんの一片にすぎぬと」
「あの……アニサマ」
乙音ちゃんは信長を【アニサマ】って呼んでるのか……。
そう。この人が、かく言う織田信長!
ああ感動。
……容姿はそうねえ、他のオサムライさんたちのように、おでこから頭頂部までのソリコミをせずに、長めの髪をきれいに揃えて後ろ側に垂らしている。まずこれが第一に印象的。
そして、切れ長の目を時たま伏せ気味にして憂いをにじませてるのがドキドキするほど。男の人なのになんだか色っぽいし。そうだな、メイクしたらさぞかし美人になりそう。背が高くてスマートだから、フツーにモデルが務まるね、きっと。
その【アニサマ】の名調子が続く。
「現し世とは浜に打ち上げられたごく小さな貝がらのようなもの。外の世界は思いもよらぬ話ばかりじゃ。儂はそなたの国のことをたくさん知りたい」
興奮した織田信長の合図で、小姓らがそそくさと地球儀を抱えて来た。
見たところ恐ろしく精度が低そう。
どれが日本なの? アメリカ大陸はどれ? あーん、まったく役立たないぃー。
それでもこの当時はチョー高価で、チョー貴重なシロモノであるらしい。一同が「なんだ、なんだ?」と、どよめくほどに。
「まず聞く。アイチケン国はどこらあたりに在るのだ?」
苦笑の乙音ちゃんこと美濃さまが、
「え、あ、その……ですねぇ、時空を超えたって言いましょうか、次元ちゅうゆいますか……」
「いったい何を言っておるのだ? 美濃にしては歯切れが悪い」
「は、ははっ。ようは容易にたどり着ける国とは違いますんので、つい言葉に窮したんです。さきほど言わはりました天竺国とか、南蛮の地とかよりも、もっともっとめっちゃ遠い、まさに未知の外国……とかって言えましょうか」
「この地球儀にすらも載っていない国だと申すのか?」
「左様にございます。ただひとつ言えますんは、現在の日ノ本よりもずうっと進んだ文明を持つ国やっていう事です」
「分かった。ではその国に参りたい。蓄財に励み、大船を作ればどうじゃ? 幾日かかる?」
そんなのは要らないのだけど……コインシャワー浴びるだけなんだけど……ってか。
「ええと。……残念ながら、それでもなかなか難しいかと」
「……フム。であるか」
思い付きで持参したお土産を、大層な献上品として恭しく差し出す。
……レトルトカレーでしょ、カップ麺でしょ、マッチでしょ、鉄鍋にカセットコンロに、目覚まし時計。他には百均のソーイングセットとかね。要は安いものばかり。
ま、でもお土産には十分でしょ。現に乙音ちゃんも喜んでくれてるようだし。




