2歩 「供養塔(2)」
幹道と並行している旧国道を横切り、踏切を越え。
古くからの住宅街を右往左往に進まなきゃならない近道を、手慣れたハンドルさばきの自転車で走破していく。
時たま周回遅れになった恋を待ち、追い付いて来るとまたダッシュして差を延ばす。
背中で受ける彼女の恨み節が愉快でたまらないのです。
――と、その日に限って思わぬ場所で急ブレーキをかけてしまったわたし。
自分でも、ナゾ。
なんとなく、本当にもう、なんとなく、その場所が気になった……みたいだった。
まだまだ恋の自転車は後方なのに。
自転車を降りたわたしはその視界の先にのびる、細く折れた黒々した路地に引き寄せられていた。
「……なんなの? ここ」
ビルとビルの隙間に鳥居が挟まっていて、その奥に薄暗い、半地下の空間が広がっていた。
うら寒さと怖気を感じ、両方の腕をさする。
そこには数台のフォルクスワーゲンが駐車してあった。コンクリの壁に打ち付けられた月極のカンバンが錆びて傾いていた。
ただ、わたしの関心はそちらにはなかった。駐車場の片隅に「ポツリ」と陽の光を浴びている野良積みの石段の方に意識が向いていた。
――その石段は登りになっていて、途中からはビルの壁のせいで死角だった。わたしはその先がどうなっているのか、無性に知りたくなったのである。
足早に近づき、こらえ性の無い子供のような動作で一気に駆け上った。……そう、一気に。ほんの10段ほど。たいしたものじゃなかった。
そこには、一本の松の木が生えていた。
少し盛り上がった台地にびっしりとコケを覆い被らせ、その中心から太い幹をのばし、半ばあたりで二度ばかりおおきく身をくねらせた、老齢だとすぐ判るご神木だった。
そして、枝葉の間から漏れ差す強い光に打たれたとき、わたしは、自分の上げた悲鳴に驚き、口をつぐんだ。
――石碑があった。全身緑がかったザラザラした表面の石板。相当古い――。
そこに。
「親友 木下陽葉 供養塔」
――うわあっ、なんだ?!
この場所?! なんなんだ?!
わたしの名前は木下陽葉。
待ってよ……!
これって、ただの同姓同名の人のコトだよね? でも、なんなの、この気味悪さ。
よく見るとこの一角だけグルリと石の柱で囲まれてて、人の立ち入りを拒むかのような空気が張り詰めている。脇には小さなお堂があり、おそるおそる中をのぞくと、女の子の人形が二体、「ポツリ」と収められている。
ゾォォォ……!
――ダメだ、こりゃダメだ! ダメなやつだ!
その場から脱兎のごとく逃げたわたしは、元の通り道で恋と鉢合わせし、今見た情景をしどろもどろで説明しようと試み――、思い直して止めた。
……すぐさま忘れたかったから。
見なかったことにしようと。
だってコワイんだもん、思い出すの。
「お姉ちゃん? なんかあった? だいじょうぶ?」
応える気力が湧いてこない。
「……どうだろ。先行くね」
わたしはまた恋を置き去りにし、とっととそこから離れた。
……まるで、なにごとも無かったかのように、心をリセット。