057 消え去る信長
空想歴史ファンタジー!
次回、最終話。
「織田信長が誘ってくれるなら、戦国時代に行ってもいい」
言った。遂に言った。
伊達政宗嬢、10歳が折れた。
木下藤吉郎陽葉と徳川家康がホッとカオを見合わせる。
しかしだけど織田信長が誘ってくれたら、だと?
自分たちよりも信長がいいんかい。説得したのは自分たちなんだぞ?
そんなような表情を一瞬だけ浮かべたが、それはそれ。
「さっそく信長さまに連絡しよう!」
とは言え、織田信長はまだ味方にはなってないのでカード登録していない。よって直接通話は不可。
なので織田美濃を通じてアポを取った。彼女を信長につかせ待機させたのはこのためだ。
「信長ならこっちが早い」
と伊達政宗。
パソコンを叩き、画面を出す。
戦国武将ゲームカード越しに信長が映った。
「おーい。のぶ……」
呼び掛けようとした……クセに政宗、唐突にマイクをオフにする。不審な挙動だ。
「どうかしたでするか? ちょっといいでするか?」
気になったので、素早く通話をスピーカーオンにする。
「信長さま、気付いてないよ?」
「当然だ。映像モードから盗撮モードに切り替えた」
「な?! どーして……」
問い掛けたが政宗の表情が険しい。盗撮の理由をツッコみたくてもしにくい空気だ。
「わたしらも。彼と同様に覗かれてた可能性がありまする」
家康がひそひそ囁くと、
「ああ。オマエらプレイヤー全員、会話も行動もぜーんぶ筒抜けだよ。……トーゼン信長もな」
あっさり暴露した政宗。その眼は冷やかに画面に注がれている。
機器を通じて信長が声が聞こえた。
『伊達政宗もしょせん子供だ。優しくしていれば、あっさりなついてくれた』
『アニサマは彼女をどうするおつもりなんですか?』
『どうするも何も。思い通りに操るさ』
『操るって?! 戦国武将ゲームを終わらせてくれるよう、説得はしないんですか?』
『説得? なついてくれたら必要無いよ。いう事を聞かせるだけさ』
『幾らアニサマでも言葉には気を付けてください。あの子は人形じゃないですよ』
『人形じゃないが人間でもないだろ』
『人の子ですよ』
『人の子? 人の子があんなバカげた世界をつくるか? アイツは自分が神さまか何かだとカン違いしている、子供の姿をした妖怪かバケモノだよ』
音声が乱れた。
声を荒げた織田美濃と言い合いになり、ハウリングに似た現象が起こったのだ。
「政宗。何しようとしてるの?」
彼女が乱暴にキーボードを叩き出したので陽葉が糺したが無言。ひたすらキーに怒りをぶつけている。
「政宗。止めるでする。冷静になるでする!」
家康が強硬手段に出た。
政宗の手を掴んだのだった。
が。
「痛った?!」
ガブ! と家康の手を噛んだ政宗。振りほどき血に染まる手を押さえる。
「ハハハ見てろ! わたしを侮辱したヤツの末路を! 裏切った男の最期を!」
パッと画面に映像が映った。
相手のカードを遠隔操作し、音声通話からふたたび映像通話に切り替えたらしい。
――織田信長の背後に男が立っていた。
彼は岡田以蔵。
人斬り以蔵と異名を持つ男だった。
○○
振り向きざまに肩に一刀やられた信長は脇差を抜き、以蔵に突きをくれた。
が踏み込みが甘く、難なく避けられる。
突攻のときに体をよじったため血が噴き出し、グラリとよろめく信長。
そばにいた織田美濃が愛刀を抜き放ち、以蔵に挑んだ。この数年の戦闘経験で彼女も相当に剣の腕前を上げていた。だが、人斬りの動きには敵わない。
一太刀二太刀合わせただけで、以蔵の斬撃に圧倒された。
「悪く思うなよぉ。信長を殺せばオリャ幕末に帰れるちゃ、今楽にしてやる」
美濃の首が飛ぶと思われたとき、以蔵の剣が手前で食い止められた。
「アニサマ?!」
「美濃……! ボクはもうダメだ。コイツと心中する。オマエは引け」
「な、何をバカな……!」
信長は以蔵の刀を力押しで跳ね除け、彼に馬乗りになった。
「……人間50年……と言いたいところだが、実際ボクはまだその半分も生きていないんだがな」
振るわれた剣が、避けた信長の眉間を割る。血しぶきが、下になっている以蔵のカオに降り注いだ。
以蔵が目を白黒させた。
血のせいではない。
胸を刺し貫かれたのだ。
「う……! ぐッ……?!」
刺したのは信長でも織田美濃でもなく。
「遅くなりました!」
服部半蔵だった。
○○○
木下陽葉らが駆けつけたとき、岡田以蔵はすでに絶命していた。
織田美濃は無傷、包帯巻きの信長は重傷で息絶え絶えだった。
気丈な彼は伊達政宗に対し頭を下げた。
「言い訳はしないし恨みもない。ただ後悔している」
かたや伊達政宗は黙っている。
「政宗。どんなことがあっても人を傷つける行為はサイテーだよ」
痛い言葉を突き付けられ、ギロと陽葉を睨む政宗。
それでもやはり黙っている。
ただ、握り締めた拳はブルブルと震えている。
「政宗」
「ああ、分かってる、サイテーだ。わたしはサイテーだ」
居直りとも取れるセリフを吐くと、政宗は、信長に近付いた。そして悪態をつく。
「信長。ここは本能寺でも近江屋でもないぞ? オマエ、それでも死ぬのか?」
「まるで他人事だな……。そういうオマエが以蔵を釣って動かしたのだろう?」
「オマエが裏切ったからだろ。オマエがわたしを見捨てたから……逆にわたしの方からオマエを見捨てたんだよ」
まだ何か言おうとした政宗を手で遮って、信長は陽葉に低頭した。
「ボクから最後の命令だ」
「……は。……なんなりと」
「無事に戦国武将ゲームを終わらせてくれ」
「……は……心配ご無用」
チラリと時計を見た信長。
「……まさか、このような……みちのくで命を全うするとはな……」
織田信長がいったい如何ほどの時間で永禄期に戻る設定にしていたのかは不明だが、死骸は過去に跳び、伊達家の居城米沢城にほど近い場所で発見されることになるだろう。
残りの力を振り絞ったのか、へたり込んでいた信長がゆっくりと立ち上がり、伊達政宗の頭を押さえた。
「これでオマエは甘い幻想から解放されたろう?」
「……はぁ?」
「オマエはこれまで誰かに助けられ、依存しなきゃ生きられなかった」
「だから何だよ」
「仲間とともに独りで生きろ。他人が活躍する人生ばかり眺めてるのにもいい加減飽きたろう? これからは自分で考え、自分の足で人生を歩み楽しめ。それだけだ」
ヨロヨロしつつ、言うだけ言うと、信長は惨状となった部屋を出て行った。
陽葉も、美濃も、半蔵も、そして政宗も。呼び止める気が起こる間もなく、消えた。
我に返った陽葉と美濃が廊下に出たが、もう彼はいなかった。
「以蔵はもうじき消える」
やはり他人事のように、政宗が呟いた。
彼女の頭の上に信長のカードが乗っかっていた。