053 織田家下屋敷での会話(2)
空想歴史ファンタジー!
今回ふくめて、あと6話で完結。
「ゲームマスターは信長さまでなく、他にいると?」
「さっきからそう言っている」
言い切る信長だが。
それでも疑りの眼を止めない陽葉に苦笑した彼は、「少し気分を変えて話そう」と座を立った。
織田美濃が屋敷内の一角にふたりを案内した。
そこにティーセットを運ばせた。
その場所はなんと、西洋風のカフェテラスだった。
「ほお。これは……」
「なに、ここ?!」
縁側の一部を大改修して庭先まで大きくせり出した空間で、一般的にサンルームと呼ばれる造りになっていた。
どこでどう材料を入手し加工したのか、はめ込みガラスの壁になっていて、それ越しによく手入れされた日本庭園が見渡せた。
気の利いたおしゃれな飲食店のようだ。
「わたし。当世の茶の湯にどうも興味がわかなくて」
茶の湯を武士のたしなみとして喧伝し、社交儀礼にまで昇華させた織田信長や豊臣秀吉、そして千利休。
茶の湯御政道という言葉がある。茶道を政治に利用するという発想だ。
昭和にいた時分、維蝶乙音だった美濃が知る織田信長は、極めて政治色の強い人心掌握策のひとつに、茶の湯を採り入れたという。
織田家の家宰になったとき、彼女はさっそく信長の施策をマネようと考えた。
ただひとつ問題であったのは、彼女はわびさびが理解できなかった。
「苔むした石? カビっぽく汚れただけやん。水墨画? こんな薄ボケた、暗い絵のどこが良いの?」
自分は日本人じゃないのかもと悩んだ。
致命的だった。
なので自分なりの、自分流の茶の世界を広めようとした。
そんな彼女の努力の結晶が、このカフェテラスだった。
そして。
彼女のおかげで暗雲立ち込めだしたこの話し合いに、わずかな青空を見いだせた。
「信長さま。もしあなたがゲームマスターでないのなら、いったい誰が」
「アニサマはその御方にお会いしたことがあるのですか?」
「――ある」
カップに口をつけ、すすった信長ははっきりと答えた。
「どこの誰なんですか?」
「ソイツはとても厄介なヤツだ。言うなれば、大人の知恵を持った子供だよ」
いったん言葉を切り、逡巡を見せてから、彼はことりとカップを置いた。
「奥州の独眼竜、伊達政宗だ」
○○
「アイツの考え方、行動、趣味。すべて異常だよ。アイツは世の中で一番強い者と自分が戦い、自分が勝つことに喜びを感じるんだよ」
「自分が勝ちたいって?」
「つまり」
信長の話を要約すると、凡そこのようなものであった。
前回大会までの結果に不満足だった伊達政宗は、無双無比なヒーローが必要だと考え、木下藤吉郎役にその役を押し付けようと目論んだ。
アンカーカードなるルールを思い付き、その特典の恩恵を木下藤吉郎に与えることで理想のヒーローが生まれると期待した。
「何故木下藤吉郎を選んだのかはいずれ機会があれば話すが、ヤツは、自分の思い通りに木下藤吉郎が天下を獲るのを待っていた。そしてそれはある程度成就した。だが」
「最後の最後にわたしが天下を島津他に譲ったのが不満だったんですね」
不満どころか、伊達政宗は怒りを爆発させているという。
「あのう。話の腰を折るようですが、疑問があります」
「なんだい?」
「この時代に伊達政宗っておかしくないですか?」
美濃の質問にハテナが生じたのは陽葉。
彼女は歴史がいまいち得意でない。
「今、伊達家の世代は政宗の父親の輝宗、……いや、実質的には祖父の伊達晴宗ですよね? 多少時間的な齟齬があっても、流石に伊達政宗は生まれてないんじゃないですか?」
「そーなの?」
「彼はゲームマスターなだけあって、そのあたりの改ざんや調整はお手の物だよ。現にボクの坂本龍馬設定はいつの間にか無くなった……というより、その記憶を封じ込められたよ」
「何がしたいんだ、その人」
「アニサマが事あるごとに陽葉センパイを挑発したり、ジャマしたりしたのは……。何かその、伊達政宗の意向と関係があったんですか?」
「ああ。大ありだ。ヤツはボクに、西洋行きの船とじゅうぶんな金を用意してやると言った。そして約束通り、そのふたつをくれた。だがしばらくすると、ヤツはその見返りに、木下藤吉郎にあらゆる試練を与えろと命令してきた。しかも決して挫けさせるなとも。……受けざるを得なかったものの、そんな器用な芸当が出来るなら、ボクがヒーローになれるよね?」
それもそうだと、ふたりして苦笑した。
「わたし。その人に会いたいです。伊達政宗さんに会せてください」
「分かったよ。と言いたいが、もう少し待ってくれ。先にボクが話をしてみる」
○○○
西から射す斜陽のオレンジが、ふたりの影を長く落としている。
木下藤吉郎陽葉と織田美濃。
織田信長の姿は既に無い。
東側のガラス窓を眺めている陽葉に美濃が呟く。
「アニサマの、……織田信長の話は信用できるでしょうか」
「……どうかな」
夕日さす陽葉の背中が焼けそうなほど赤く、痛いほど眩しくて、美濃は片目をつむった。
「乙音ちゃん。スゴイよ」
「……すごい? なにが、ですか?」
「このガラスの窓。ギヤマンって言うんだっけ。……ホント、良く作ったね」
「大友宗麟が織田家に再三救援を要請してたころ、南蛮渡来の品だとかでガラス細工の工芸品を送って来てたんです。それで思い付いて」
このガラス窓は、現代のように大きな一枚板のガラスで構成されている物ではない。
まだそこまで加工技術が発展していない。
「窓枠を小さく区切ってガラスをはめ込んでるんだね。ステンドグラスの要領?」
「ええ、まぁ。一枚一枚、結構な手間がかかってます。なので、完成したときの感動はひとしおでした」
「そっか。頑張り屋さんだよね、やっぱ。乙音ちゃんは」
大きくうなづいた陽葉はニッカリして、細目になっている美濃のアタマを撫でた。
恥かしくなっていやがる素振りを見せた美濃だったが、表情はまんざらでもないニヘラ笑いをしていた。
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