052 織田家下屋敷での会話(1)
空想歴史ファンタジーです。
今回ふくめて、あと7話で終わりです。
陽菜と美濃。
ふたりが見せられたのは数枚の、プリントされた画像。
――そこに映っていたのは石塔だった。
そうとう古ぼけている。
角が取れて丸みがかっていて、コケやツタがビッシリ張り付いている。
何十年どころか、何百年か経っていそうだった。
「そのカオ。藤吉郎は知ってる様子だね?」
「……はい、知ってます。わたしの供養塔です」
えッ?!
と奇声を放った織田美濃は、大きく目を見開いている。
陽葉が発した語句に反応している。
「く、供養塔って……?!」
「尾張国……じゃなかったな。これは愛知県の、名古屋市内の街なかに祀られてた供養塔の写真だよ。それに、わたしの名前が刻まれてたんだ」
「そう、だね。これはね、400年後の未来に行ったときにボクが撮った写真さ」
「400年後……つまり昭和時代、ですか?」
「ああ」
写真に食い入った美濃のカオが青ざめていく。
「……親友、……木下陽葉。……確かにセンパイの名前がありますね」
「――さて。ではこれを建てたのは誰だろうか? 美濃は誰だと思う?」
美濃の首筋辺りにたらりと、数条の汗が垂れた。
写真に写り込む、別の何かに気が付いたのだ。
「これは……人形……?!」
そう。石碑には、女の子の人形が2体、寄り添うように祀られていた。
「この石碑を建てたのは恐らく美濃、キミだよ」
「――!」
反論したげにとっさに信長を睨んだ美濃だが、すぐにうなだれた。
次いで、じんわりと目に涙をためた。
「乙音ちゃんを……織田美濃をけしかけたのは信長さん……なんですね?」
「けしかけたは言い過ぎだよ。ただボクは、ふたりが競い合うことによって強い織田家が創られると思ったんだ。美濃はボクの言う事を素直に捉え、受け容れてくれたよ、感謝してる。でも残念だ。途中まで上手く行きかけてたのになぁ。藤吉郎、キミはよく頑張ったよ。よく頑張りすぎた」
美濃、唇を噛んで何かに堪えている。
「……つまり、アニサマ」
「つまり? どーした?」
「つまり、わたしが、陽葉センパイを倒す手筈だったのに失敗した……ということですか?」
「倒す、というのも言いすぎだ。手なずける、屈服させる。そうして欲しかったと言ってるんだ。ボクは全面的に藤吉郎を買っている。倒すなんてもったいない。織田家のシモベとして存分に働いてもらい、もっと効果的に活躍させてあげて欲しかった。これは美濃を十分に教育できなかったボクの、不徳の致すところだね」
信長の言葉を耳にした途端、織田美濃は背中を丸めてシクシクと泣きだした。
○○
アニサマ。
わたしは思い上がっていたのかも知れません。
初めて織田家に来たとき、あなたは、初対面のわたしに、いきなり泣き言をぶつけました。
「期待しているようで申し訳ないが、我が織田弾正忠家は早晩滅びる。ワシには家を護る力が無い」
なんとも弱々しく情けない織田信長に、正直わたしは愕然としました。
御多分に漏れず、わたしの中で織田信長は、鳴かぬなら殺してしまえの第六天魔王でしたから。そのあまりのギャップに眩暈がしたんです。
でもそれと同時に、ある不思議な感情が湧きました。
まるで荒れ地に、一輪の花が咲くように。
ポッと。
いきなりに。
それはとても傲慢で、そして驚くほど甘美な、妖しい感情でした。
そうだ。
だったらわたしがこの人を助けてあげようじゃないか。
わたしがこの人の代わりに戦国武将をしたらいいんじゃない?
ああ!
きっとわたしの居場所はここなんだ。
わたしのしたかった事はこれなんだ。――と。
すごく興奮したのを憶えています。
突然目の前に道が開けたわたしは奮起しました。
アニサマを叱咤して、家臣たちを叱咤して。何としてでも織田弾正忠家を生き延びさせてやる。
絶対にアニサマを死なせない。
否、違う。
死なせないなんてネガティブで後ろ向きな思考じゃなく、織田弾正忠家を天下に轟く大名家にしてみせよう。
アニサマを天下人にしてみせよう。
これはわたしとアニサマの夢なんだ。
その想い、一心で頑張りました。
ところがアニサマは。
天下人になってくれませんでした。
天下人どころか、わたしの思い描く理想の織田信長になってくれませんでした。
アニサマが何を考え、何処を目指しているのか。皆目見当がつきませんでした。
きっとわたしは間違っていたのでしょう。
わたしは結局、アニサマの役には立てなかったのです。
アニサマの真の願いを叶えてあげられなかったのです。
その上。
○○○
「アニサマにも陽葉センパイにも迷惑を掛けました。確かにこの供養塔、うろ覚えだけど、わたしが建てたと記憶しています」
前回大会で織田美濃は、志半ばで斃れている。
織田信長を失い、失意に沈んでいた彼女はある日、木下藤吉郎なる「未来から来た」という胡乱な者が自分に面会を求めていると聞いたが、特に興味も持たず、素性を確認することも無いまま部下に始末させた。
後日、尾張に立ち寄ったときにたまたま木下藤吉郎の墓前を通りかかり、そこに添えられていた人形があまりに陽葉に似ていた上、中学の制服を着ていたので訝しみ、当村の名主を捕まえて尋問した。
「その娘、恐れながら美濃さまと同じナリをしておりましたので、つい不憫になり……」
頭をこすりつけ詫びる名主に『まさか……』と軽い衝撃を受けつつも、そのときはその場を去った。
後日、彼女は気まぐれで供養塔を建て、直後に逢坂の変に遭遇した……。
もう一体の人形はその名主が美濃の死を悼み、増やしたのだろう。
彼女はそう解釈した。
織田美濃の中で供養塔に関する漠然とした疑問が解けたようだった。
「その供養塔は多分、もう無いよ。乙音ちゃん」
陽葉はそんな乙音の心情を汲んだような労わりの言葉をかけ、彼女は無言でうなづいた。
「だってわたしたちは生きてるもの。ここでこうして。だからもう、未来に供養塔は存在しない」
こくこくとうなづいた。
彼女の、腫らした目もとは落涙の痕跡を残すのみ。力強く陽葉を見詰めた。
「話を戻しましょう。織田信長は何故、プレイヤーたちを競わせたのか。あなたは強くさせたかった、そうおっしゃいましたよね? それはどうしてですか?」
「ときに藤吉郎。キミはゲームマスターに会ったのか?」
「はぁ? ゲームマスター?」
「この。戦国武将ゲームの主催者だよ」
「しゅ、主催者は織田信長さん、あなたなんでしょう?!」
陽葉の、半ば怒り気味のツッコミに、織田信長は首を振った。
「ボクなわけがない。思い出せ、藤吉郎。初めて会ったときにボクはキミにいったい何を聞いた? このゲームの話をしたか? 訊くが、ボクはこの世界の未来を知っていたか? どうなんだ?」
陽葉は畳みかけられた質問に答えることが出来なかった。
明日より毎日15時で予約設定します。




