051 宴の裏で
年が改まり、永禄2年(1559年)正月。
大坂城本丸内、千畳敷御殿。
全国の戦国武将ゲームプレイヤー諸将たちが集まった。
畳敷きなのに、立食パーティの開催である。
西郷隆盛の長い訓示に欠伸し、木下藤吉郎陽葉の照れ気味乾杯の音頭で気勢を上げる。
ここに、日ノ本六十余州のほぼすべてが木下連盟に属することになった。
ほぼすべての、である。
中には未だ反発の意思を表しているプレイヤーもいる、ということだ。
前野将右衛門もそのことを案じている一人である。
「お嬢よ。まだ見つからねーのかい?」
「そーなんだよね。日本のどこにそのプレイヤーがいるのか、はっきりしないんだ」
怪しいのは現時点、旗幟判明しない蝦夷の蠣崎慶広、奥州の伊達輝宗、信濃の村上義清……くらいだが、いずれの部将もプレイヤーでは無いだろうと判断されている。
ちなみに維蝶乙音こと、織田美濃だが、彼女も全くの架空キャラでなく、織田信長の実弟、織田信勝の子、織田信澄だったことが最近になって判明した。
これは平手政秀の証言が決め手になったものである。
「美濃さまは、成り代わり前の御市さまから『ツダちゃん』と呼ばれておりました。信澄さまの幼名は津田坊さまでしたので」
とのことだった。
彼女は織田美濃を自称しているが、いつの間にかプレイヤーカードには織田信澄と明示されるようになり、先日正式に木下連盟のリストにその名で連ねる事になった。
さて、政治の大勢は木下藤吉郎陽葉の推薦が通り、島津義久こと西郷隆盛が全会一致で初代総理大臣に就任。幕藩体制をすっ飛ばし一足跳びに立憲主義体制へ、政治システムが進化した。
毛利両川の片割れである小早川隆景は当初こそ難色を示したが、竹中半兵衛の「総理は世襲ではありません。言ってみれば『金は天下の回り物』みたいなものですよ」と笑い飛ばされ、そういうものかと、今度は次期総理のイスを狙ってモチベーションを上げたようだった。
「最終的には我が毛利の出馬が、島津に引導を渡したんだ。毛利失くして九州の平定は無かった」
「ごもっとも。ごもっとも」
前野将右衛門はヨイショが巧い。
小早川隆景のグラスにジュースを注ぎながら相づちを打っている。さらに吉川元春の肩を叩き、「次期選挙が今から楽しみですな」と含みを持たせてささやく。
もっとも、ゲームが終了してしまえば、これからのこの世界の未来は、プレイヤーの関与するところでは無くなるのだが。
「上杉謙信さん。本当にお疲れさまでした」
「いや。オレは別に何もしてない」
陽葉の労いの言葉に小さく首を振った謙信は、
「九州の人々の犠牲がほとんど無くて済んだのは陽葉どの、あなたの手柄だ。こちらこそ本当に有難う」
いえいえそんな、とかぶりを振る陽葉の真横で、織田御市と武田信繁がそろって仏頂面のブツクサ。
「筑前国の秋月種実を味方に引き込んだのは、わたしだもん!」
「日向国の伊東義祐をそそのかしたのは、オレだがな」
「どっちも。ふたりとも。良く頑張ってくれたよー! ホントにホントにアリガトね!」
「ああ、そうだな。あの武将たちが島津に反抗してくれたのは大きかった」
御市はドヤ顔で口元を緩ませた。
普段ふてぶてしい、不愛想の信繁ことシゲルが、首筋を掻きつつ目尻を下げる。
北条氏康と徳川家康がそれぞれ北条綱成、水野雪霜(=水野勝成)を伴い、近付いて来た。
「雪霜がクリスマスには帰りたかったとだだをこねたでする」
「だだなんてこねてマセン! くりすますプレゼントだって、ちっとも欲しくないでしる!」
「……欲しかったの?」
「ほ、ほ、欲しくないでしるっ。サンタさんも要らないでしるっ」
チラ……と周囲の目線が北条綱成に集まったのは、彼の風体がサンタのイメージにマッチしそうに思えたためである。
むろん彼はプレイヤーにあらず、すなわち現代人ではない。現代の風習など知る由も無く、当然クリスマスもサンタも知らない。戦国時代のガチ武将が知っているわけもない。
北条氏康が小声で頼む。
「綱成さん。後で一肌脱いでくれますか?」
「殿の頼みとあらば」
氏康は家康ちゃんをちらちら気にしている。
綱成は瞬時に覚ったのである。これは殿の役に立つ案件ぞ、と。それほど彼は忠実でアルジ想いなのである。
「何の説明無いまま、良く気安く引き受けるのう」
前野将右衛門が意味深にほくそ笑むと、
「……と、殿の頼みとあらば」
「申し訳ないでする。氏康どの。綱成どの」
家康がペコリとお礼。デレ~っとする氏康にフクザツな表情を浮かべた綱成は、前野将右衛門に酒を注がれ、「ヤレヤレ」と苦笑いした。
○○
「陽葉センパイ」
「どーしたの?」
織田美濃は、維蝶乙音に戻ったかのようにモジモジしている。
会場の外に出たところで「実は……」と話し始めた。
「アニサマが大坂城の織田屋敷に逗留していまして……」
「え? そーなの?」
話すタイミングを逃してしまい、気に病んでいたという。
「すぐに会うよ。案内して」
久しぶりに会った織田信長はすっかり人相変わりしていた。
もはや織田信長でも坂本龍馬でもない、第3の他人のようだった。
細身のスーツを決めた彼は、陽葉に会うと破顔で一礼した。
元上司である彼に先に挨拶された陽葉は慌てて返礼のお辞儀をした。
「お願い通り、ひとりで来てくれたんだね」
口調は昔の、尾張時代の織田信長に戻っている。
しかし引き締まった顔付きと放つ眼光は全く違った。
「ずいぶん方々を探しました」
「そうかい。ボクはずっとこの屋敷に居たんだけどな」
彼はそう応えて織田美濃を一瞥した。
「もう2週間ほどになりますね」
彼女が申し訳なさそうに言う。
「殿。わたし、全国制覇しました。この後何をすれば、みんなが現代に帰れると思いますか?」
「つまり、どうすればゲームのエンディングを迎えられるのか……って事?」
「はい」
三人の間に沈黙が流れた。
ややあって信長が口を開く。
「……どうしてキミは。そんな質問をボクにするのか? なんてコトは、いまさらは訊かないよ」
「じ、じゃあやっぱり、殿は……!」
言いかけた陽葉を制止する。
彼は数枚の写真画像をふたりに見せた。
「あ……! そ、それは?!」