050 無血停戦
島津家当主、島津義久こと西郷隆盛は、東神連合代表の木下藤吉郎陽葉に、和平交渉の受け入れを表明した。
「島津家は専ら、木下家との間に停戦交渉を進め申す」
「木下家? 木下連盟でなく?」
「当家は木下藤吉郎陽葉という人物を信頼して交渉に応じる」
ややこしい人だ、と陽葉は感じたが素直に受け流して話を進めた。
「まず。九州島の仕置きと中央政権への参与を認めて頂きたい」
「九州の仕置きって?」
「九州を幾つかの区に分割し区長を置く。その統治を我が島津に一任して頂きたい」
否を予想したが、意外にも陽葉はうなづいた。西郷は内心大きな驚きを持った。
「いいですよ。で、竜造寺、大友、秋月、伊東さんたちはどう措置するおつもりですか?」
ところがこの一言で、今度は驚きを超え戦慄を覚えた。
竜造寺も大友も、島津にとっては強大な敵だ。
しかし西郷が肝を冷やしたのはそれではなく、陽葉が秋月と伊東を挙げた点だった。
西郷が得た情報によると、秋月と伊東は千里ヶ丘の戦いで壊滅し、木下連盟軍によっていったん捕虜になり解放されて帰国。
彼らからすれば、戦場で散々こき使われた挙句、島津に見捨てられた。
(実際は島津義弘軍が決死隊を組んでしんがりを受け持ち、秋月伊東をいち早く離脱させたのだが)
彼らは島津に恨みを持ち、反発している。
つまり、竜造寺の肥前、大友の豊前・豊後どころか、秋月の筑前、伊東の日向が島津の威になびいていないということになる。
それなのに西郷は抜け抜けと九州の長に据えろと要求したのである。
木下陽葉がそれを知った上で、彼に先の質問をしたのかどうかは知れない。
しかし西郷は胸の奥で唸るしかなかった。
「問題なか。彼らもそれぞれ九州自治区の長に収まって頂き申す」
「それで問題ないですか?」
「この身を賭して、問題は生じさせもうはん」
陽葉、軽く笑みを浮かべうなづく。
「それで。もうひとつの希望、でしたね。中央政府に貢献したいって。こちらも承知しました」
手書きの書類を広げる陽葉。
竹中半兵衛から預かった物だった。
「これから大坂に中央政庁を置きます。日ノ本全体の長を選任して議会を開きます。国の重要案件は集められた議員で協議して。最終的には国の長が責任をもって決を出します。西郷さんにはその役を務めて頂きます」
「な」
「この構想は毛利家、長宗我部家、徳川家、浅井家、北条家、織田家。それに木下家も。木下連盟のメンバー全員で話し合って決めた事です。皆で西郷さんを推薦しようと決めました」
「わ、わしを……」
「議員は総勢で50名。諸国の長で構成します。大友さんも、秋月さんも、議会で対等に意見を述べてもらいます。そのまとめ役をするんですから。繰り返しますが、責任重大ですよ?」
彼は頭の中がグルグルしだした。
これは走馬灯だ。
明治の御世で彼は、野党のうっ憤を一身に背負って西南戦争を起こし、敗れ、死んだ。
勝利した大久保は結局、在野の凶刃に斃れた。
いずれも立志の夢は道半ばだった。
「大久保は?」
「何なりと。副国長とか?」
「陛下は? 帝はいかがする?」
「天皇陛下がいらっしゃらないと、日本は締まりませんね」
ふと、陽葉が目線を落としたので気になった。
「いかがされ申した?」
「ひとつだけ気掛かりがあります」
「ご自身のことか? 貴殿なら、いや、貴殿こそ、望むままの位に就けるじゃろう?」
「え? わたし? わたしは、わたしにはムリです。国の長なんて到底ムリ。わたし、木下藤吉郎には憧れがあっても、とうてい豊臣秀吉にはなれませんので」
彼女の困惑ぶりから察するに、本心からそう言っているのは間違いなかった。
「ではその気掛かり、とは?」
「織田信長さんのことです。坂本龍馬さんって言った方が良いのかも知れませんが」
「……あぁ、あの男か」
実は西郷は、約半年前に彼に会っていた。
鹿児島に来た彼と取引したのである。
「奇妙な男だったな」
「彼は……殿とはどんな話をしたんですか?」
「殿? あぁ、貴殿はもともと織田家中の人であったな。……あの御仁は、島津に大量の武器を売り込みに来もさった。これで対外勢力と互角に戦えるじゃろっとの。不思議なのは手付の金以外、まだ請求して来んが、どげんこっか、いまだによう分からん」
「対外勢力……」
深刻な表情で黙り込む陽葉。
微かに震えている。
「わたし。その人が、次に、いつ、どこに、どんな目的で現れるのかが分からなくて。とても不安なんです」
だがその不安を、彼も拭い去ってやる事は不可能だった。
そのあたりで西郷と陽葉の交渉は中断した。
陽葉は取り上げられていたカードで上杉謙信たちに連絡を取り、即時停戦を要請した。
島津軍は話し合い通り、大友領から引き揚げを開始した。
九州に吹き荒れた戦乱の嵐はいったんおさまった。




