049 拳の会話
よくよく観察すると、藤兵衛の居た部屋には複数の銃痕があった。
香宗我部イチゾウの銃から発射された物だった。
イチゾウは当初、勝負を楽観視していたようだ。
相手がいかに剣の達人でも、こっちは銃。
弾の速さに剣のさばきが追いつくはずないと。
だがその考えは甘かった。
数発試し撃ちしたところでそれに気付いた。
一向に当たる気がしなかったのだ。
藤兵衛は銃の弾道を見て避けようとしているのではない。
イチゾウの銃を撃つ瞬間の彼の目線でおよその弾道を予測し、避けていた。
そうと気付くのにさらに数発を要した。
弾の残数は限られている。
手持ちがないという事ではないが、もはや未来との行き来が不可能になった今は、現代式の武器と弾薬は非常に貴重なのだ。
彼は焦り、そして慎重になった。
必ず隙が生じるはずだと、藤兵衛の挙動の観察を重視するようになった。
ところが対決がはじまって1時間もしないうちに、藤兵衛に変化があらわれた。
座っていたのにそわそわ立ち上がったり、うろうろしたりと、ムダに動き回るようになった。
一言で言ってしまえば、落ち着きのない動きだった。
もっと言えば、心ここにあらず。
だがイチゾウには、そんな相手の心情の変化にどんな訳があるのか? とまで考えるゆとりは無かった。
弾を尽きさせるための作戦かなにかだろうと、雑な自己解析で片付けた。
とにかく動いてくれる方が都合がいい。その方が何かの拍子に隙を見せるかも知れないから。と考えた。
やがて大男がやたらこっちを気にしだす。
と言うか、何かを訴えたがっている様子だった。
ひょっとしてヤツは、ヤツにとって何らかの問題が生じたのか?
これはチャンスかも知れない。とっさに思った。
例えば話を聞いてやるふりをして最接近し仕留める、とか?
が、いざ思い付くと、実際のところはそんなチンケで卑怯な手は取りたくない。
イチゾウはそんな思考を巡らせたようにブルブルカオを振った。
銃を降ろしワケを尋ねてやった。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「貴殿には悪いがワシには次の用事がある。とっとと降参してくれい」
「は? 何だよそれ。だったらアンタこそ、とっとと負けちまえよ」
「そ、それはムリだ」
イチゾウ、フンと鼻白み、ムシすることにした。
勝手な事言いやがって、と。
その後何べんも同じ会話を繰り返した。
それから12時間以上が経過。
香宗我部イチゾウは降って来た雨に閉口しつつ、正面の相手を見続けた。
その相手の大男は半泣き顔で立ったり座ったり、相変わらずウロウロを繰り返している。
丸24時間が経った頃、陽葉の居る部屋で「ワーキャー」声が聞こえた。
それを耳にし、イチゾウは急速に力が抜けていくのを感じた。
同時に深い安堵を覚えた。
◆◆
「又左が生き返ったか」
ヨカッタ。
本当にヨカッタ。
クラクラしだした思考の中で感情をこみ上げさせ、雨天の空に感謝した。
ああ。
どーしよーかな。
藤兵衛っておっさん、勝負切り上げたそうだよな。
チッ。
そんなことさせるか。
最後まで付き合ってもらうからな。
……でもなぁ、ホントウは。
ヤツに弾を当てないでヤツを倒す方法を思い付きたいんだよなぁ。
だってよ。弾当たって死んじゃったら、アイツも又左と同じ目に遭うだろ?
……チッ。
メンドーくせえ性格だなぁ。
アレコレ悩むんじゃねーよ、オレ。
……。
…………。
……ダメだ。
集中力が途切れてきた。
クソ。
こうなったら目くらめっぽう、ぶっ放してやるか、いっそ。
いや、アカンに決まってる。そんなやり方じゃ、きっとヤツには当たらないし、第一、オレの気が済まない。
「……じゃあオレは……いったい何がしたいんだ?」
あぁ、そりぁよ。
認めたくないけどよ。
でもよ。
アイツらの代わりに一発殴らせてくれ。
でないと。
気が。
済まねぇ……。
……。
◆◆◆
「おう。起きたか」
「……又左」
直ぐに気付いた。
全身が熱い。
特に頭が発火したように熱い。手足がうだるように熱い。
「風邪だ。寝込んどけ」
「陽葉は?」
「西郷隆盛に会っている」
「なんだと?! ひとりで行かせたのか?!」
「隣の部屋だ。耳をそばだててみろ」
「……。あぁ、承知した。で? ワケを話せ」
又左は、香宗我部イチゾウが気を失ってからの出来事を話した。
イチゾウを部屋に運んだのは藤兵衛だった。
彼はそこで負けを宣言し「大久保さまに忠言する」と告げた。
彼が屋敷を出ようとすると門前で西郷隆盛と鉢合わせした。
西郷は大久保からこの屋敷での事をすでに聞かされていた。珍しく語気を荒げ、激しく大久保を叱責したという。
そうしてアンカーカードを木下陽葉に返上し、彼女に陳謝した。
陽葉はそのとき、西郷の顔面が腫れているのを見つけ、さては大久保と殴り合いの喧嘩をしたのだと察した。さらにそんな彼が妙に晴れ晴れしているのを感じ取ると、彼女はにこやかに謝罪を受け入れ、あらためて自分が特使として薩摩にやってきたことを説明した。
西郷は事前通知の無いまま薩摩領に入ったことを咎めながらも、彼女の訪問を歓迎する旨を伝えた。
(実際は何度も連絡を寄越している。部下が揉み消していた)
「急に機嫌のよくなった藤吉郎が『話し合いしましょう』などと、西郷を連れて隣の間に行った」
訝し気に又左はそう締めくくった。
「西郷と大久保が殴り合いの喧嘩をしたってか?」
「それは本当のようだ。オレが聞いたところだと史実ではふたりは仲違いしたらしいが、この世界でもそうなったのかも知れんな……島津家中がふたつに割れると厄介だぞ」
「んなワケねーだろ。晴れ晴れしてたんだろ、西郷は。きっと拳で語り合ったんだろうぜ。ホント笑うな、それ」
「? やりあって語り合うとはどういう意味だ?」
「どういうって、そりゃあ……」
完全に昭和スポコンマンガのノリだろう。
他の時代の者には到底理解できまいさ。
しかしそう言えば、西郷と大久保は何時代の人間だったか? などと独りでウケるイチゾウ。
「友情に言葉は要らねぇってコトじゃねぇの?」
きっと木下藤吉郎陽葉なら。
「どうにか話をまとめてくれそうだな」
ひとりでドヤ顔するイチゾウに又左がパンチを放った。
「説明不足だ。もっとちゃんと話せ」
「いってぇ! こ、コイツ! ちゃんと話しただろーが!」
「フン。そんなヘナチョコな蹴り、――うぐッ?!」
「フェイントを知らねーのか、ヘナチョコ! ――うがッ?!」
香宗我部イチゾウと前田又左衛門。
ふたりの友情は果たして深まるのだろうか。
締めくくりをどうするのか、案が2通りあり、どっちを採用するのか思案中です。
今回も有難うございます。