048 勝負の行方
さて。
というわけで、薩摩島津領でのゲームであるが。
「わたし。アンカーカードを渡しちゃったし。負けでもいいやってね」
「何で?!」
又左が恐い顔をしたので、軽いノリで発言した陽葉は真顔になった。
彼から譲ってもらった掛け布団にギュッとくるまり。
「……結局ダレが最終勝者になってもいいんだから。そんなコトより、いかに早くこの世界から抜け出せるかが重要じゃない?」
「で、島津に託したと?」
陽葉の言い分は理解したい。
しかしだ。
陽葉について来た他の連中はどうだ?
あっさり敵に今後の事を委ねてしまって、「はいそうですか、分かりました」となるか?
ならないだろう。
彼らから納得を得られるとは思えなかった。
「――で、このまま大友領に行くのか? 手ぶらで? 上杉謙信には何て説明するんだ?」
「ありのままを報告するよ。これからは島津義久さんこと、西郷隆盛さんを立てて、ゲームクリアを目指そうって」
「……」
ポリポリ頭をかいた又左はふすま越しの隣室を気にした。
そこには自分を瞬殺した藤兵衛なる大男がいる。
ソイツに、あの、香宗我部イチゾウが挑んでいるという。
ところがその勝負は端からイミの無いものになっていて。
勝とうが負けようが、こっちにはもはや何のメリットもないという話で。
「……それは、けど、香宗我部イチゾウが可哀そう……なんじゃねーか?」
「可哀想? どーして?」
陽葉には理解できないらしい。
「どうしてって……。勝負自体がムダだろう? しかもあんな相手……」
止めてやれよ。
と出かかって思い直した。
もしかしたら。
自分が死んじゃってた間にそんな話を彼にして、言われなくてもとっくに止めてたのかも知れなかったし。それに。
又左自身はどうなのか。
もし自分が勝負するっていったん決めたのに、もういいからヤメロって言われて、「はい止めます」ってなるか?
もし好きなヤツの前で「やるぞ」と豪語して、分かりました、やっぱやーめたってなるか?
ウーン……と唸る。
額にヘンな汗がにじんだ。
でそれで、陽葉はそれを感じ取って、あえて香宗我部イチゾウに勝負を継続させているのか。どうなのか。
男の意地というか、見栄というか、エエカッコしたい意志を尊重しているのか、いないのか。
「助太刀はダメ、なんだよな」
「……らしいね」
陽葉。
オマエ、なんでそんなに涼しいカオでいられるんだ?
急に又左は目の前の女子が空恐ろしくなり、不愉快になった。
「――わたしさ。嬉しいんだ」
「へ? 何が?」
「イチゾウの気持ちが。わたしも同じだったから」
そう言われて、彼はますます混乱した。
嬉しい?
イチゾウの気持ちが?
ウレシイ?
どういう事だ?
「……えっと。何がどう嬉しいんだ?」
疑問符の途中で、スッ……とふすまが開いた。
驚くふたりの前に、大男がヌッと立っていた。
ふたりを見下ろす大男は、苦り切った表情を浮かべている。
そしてそれと同じくらい、助けを乞いたそうな面持ちを有していた。
◆◆
「ははぁ。大久保さんから、ねぇ」
「ああ。大久保さまは去り際『決着がついたから城に帰れ』と申された。だが」
部屋に入った途端、大久保からゲーム終了を告げられたそうだ。
それで彼は素直に部屋から出て行こうとしたらしい。
しかしカンジンの香宗我部イチゾウが、それを許してくれないと言う。
「そりゃ……。勝負は好きにしていいって、大久保さんが言ったからじゃん! イチゾウは……それを真に受けてるんだよ」
「ワシはもう城に戻らねばならぬ。いつまでも付き合ってられぬ」
「それはそっちの勝手だよ。じゃあ彼にわざと負けてあげるんだね!」
「だから、それは出来ぬ。大久保さまが殺される」
「……?」
眉をひそめる陽葉。
大男の藤兵衛は完全に思い違いをしている。
勝負に勝ったら大久保の命をもらう。確かにそれは陽葉が出した条件だ。
ただしそれは又左が生き返らなかった場合に限っている。それが彼の頭からすっぽり抜け落ちている。
まぁそれはいい。
彼の勘違いを正してあげるのは容易い。
しかし。意地を通そうと言う相手に対して、あまりに失礼で身勝手ではないか。
負けたくないから何とかしてくれよ、などと。
「……じゃあゲームは継続ってコトで。仕方なしだね」
「うう。それじゃあ、ワシはご命令を実行できない。一刻も早く、城に戻らねば」
だから彼は恥を忍んで陽葉たちに何とかしてくれと泣きついたのである。
分かるだろと言わんばかりだ。
自分では判断もつかないし、どうすることもできないと途方に暮れているのである。
大男、藤兵衛の部屋に踏み込んだ陽葉は、彼の前で正座した。
藤兵衛も彼女の前に正座した。神妙になり小さく縮こまっているので、陽葉が彼を圧しているようにも周りからは見えた。
当然、庭から彼を狙っている香宗我部イチゾウもその様子を観察している……ようだ。
ところで、外は雨。
季節は秋。
この時期特有の長雨だった。
イチゾウは傘もささずに庭石に座ったまま銃口を向け、ターゲットをひたすら捉えていた。
「あのさ、武士さん……藤兵衛さん。香宗我部イチゾウは真剣なんです。仲間を殺されてヘーキな人がいますか? あのとき彼は、仲間を殺したあなたに対して、どんな態度を取りましたか? 思い出してください。思い出せたら、あまり自分勝手な行動や発言をしないでください」
かたわらの又左から小さく「あ……」と声が漏れた。
――仲間が殺されて平気な者がいるか。
彼はそのとき初めて、陽葉とイチゾウの気持ちが分かったのだった。
オレのために?
もしかしたら、ふたりは。
怒ってくれたのか? ……オレのために。
そう思い当たって、カッと芯身が熱くなった。ジンと目頭が熱くなった。
「それは……本当に済まぬ。心から詫びる……だが」
元来、藤兵衛は真面目で性根が優しい。
年下の少女に説教されて、強く我が身を恥じた。
幾ら主の命令とて、受けてはならない命令もある。あの場合、むしろ諌止せねばならなかった。
それは道理に適いませぬ、と。
「だが、しかし、しかし……」
主の命が掛かっている。
この勝負、降参するわけにはいかない。
それに、彼ら若者たちの信念、心意気が掛かっている。
手抜きも出来ない。
つまり、勝たねばならぬのか?
「陽葉。おかしいぞ?」
「何が?」
「お前の言ってることがだ。勝負に掛けた対価物を、お前はもう奪われてるんだろ? 相手がもし勝ったときには、それ以上、支払うものが何も無いんだろ? それってもう勝負にならんだろ?」
「……んー。まぁ……」
「おーい。イチゾウ。オレは生き返ったぞ。ゲームはここらで終わりだ。こっちに戻って来い」
又左の呼び掛けにイチゾウは反応しなかった。
「……おい。どーした、イチゾウ?」
異変に勘付き、真っ先に飛び出したのは陽葉。
縁側から庭に、監視人らの間を抜けて、はだしのまま駆け降りイチゾウに寄る。
「あっ?!」
「ど、どーした?!」
陽葉が振り返った。
「イチゾウが」
「だから! どうした?」
「……気絶してる」




