045 又左が死んだ
10月の終わりにもなれば、いくら九州といっても気温の下がる夜は肌身に堪える。
凍えるほどではないが、薄着で過ごせば風邪くらい簡単にひく。
それなのに、武器を奪われたのは仕方ないものの、身ぐるみを引っ剥がされ、情けで返された下着の上に粗末な貫頭衣を着させられた。
立派な屋敷とは言え、縁もゆかりもない商家の板敷の間に軟禁されてから半日以上は経つ。
不安は募り、時間経過の感覚も希薄になっていく。
木下藤吉郎陽葉は、びっちりと閉じたふすまの向こうの、朝光の差し込みを感じながら黙々と安座を続けた。
同じ部屋の中には居ないが、庭との境の縁側には見張りの気配がする。そして隣の間には自分の倍はありそうな背丈の人間がいる。
陽葉の尻の下には座布団が敷かれているが、底冷えはする。何も飲み食いしてないのに何度も尿意を催すのはきっとこれのせいだろうと、への字に口を曲げた。
チラと部屋の隅に目を遣る。
畏まった風情の便座がある。全く、奥ゆかしいにも程がある。
それと10分以上もにらめっこをし、遂に歯ぎしりしつつそこへ近付く。
貫頭衣を着せたのはこのためなのか。
下半身がすっぽり隠せるのは好都合だが、でも納得はしたくない。
粛々と用を足し、また座布団に着く。
陽葉はちらりと、自分の脇に敷かれた布団の上の、静かに横たわる少年を見詰めた。
――約1日前。
陽葉、香宗我部イチゾウ、前田又左は小舟で海岸沿いに南下、大隅国に上陸し、近隣の村に潜入したところで村民に紛れていた薩摩兵に騙された。
提供された昼飯に神経麻痺の毒薬が仕込んであった。
無論簡単には引っ掛からない。当然警戒をしていて捕縛から逃れようとした。
ところがここで思い掛けない事が起きる。
島津兄弟のひとり、島津歳久が陽葉たちを出迎えたのだ。
「島津歳久……さん?」
「こんにちは、お嬢さん。大久保です」
「大久保利通さん、でしたね。こんにちは」
「ええ。木下藤吉郎陽葉さん」
大久保は陽葉たち3人を一渡り眺めた後、出し抜けに言った。
「せっかくなのでゲームをしましょう」
「げ、ゲーム?」
「どうせこの世は遊興虚無の世界です。わたしたち島津家はそれに乗っかる事にしました。あなたたち東神連合はどうなんですか?」
「どうって……どういう意味ですか?」
大久保が一軒の民家を指差した。
現代では地方で時折見かけるかも知れないが、この戦国期にしてはずいぶん規模のある屋敷と見受けられた。一部を石垣と水堀で囲っているほどだ。ここら一帯を治める庄屋家らしいと踏んだ。
「立ち話もなんですし、あの家で」
◆◆
「で、ゲームって?」
「簡単な事です。賭けをしてあなたが勝ったら、島津の当主に会せてあげます。負ければこちらの希望を聞いていただきます」
まだ本題のゲーム内容も聞かされないうちから決着後の条件を提示するとは。
「いいですよ、それで。で、ゲーム内容を言ってください」
「い、良いんですか……。実に潔い。分かりました。――おい、入れ」
「応」
大久保の呼び掛けに、一人の大男が呼応し登場。
のっそりとした、朴訥な風情の武士だった。
無精ひげを伸ばし、乱暴に髪を束ねている。年のころ30過ぎくらいか。
「彼はこの世界で言うところのNPCオジサンです。――藤兵衛、交渉成立だ」
「うす」
藤兵衛……と呼ばれた男は、香宗我部イチゾウと前田又左を交互に睨め回した。
「この弥十郎と勝負してもらいます。期限は2日。但し相手をするのは一人。一対一の勝負です」
「勝負? 何のだ?」
「オマエが又左」
――と大男、藤兵衛が刀を抜き、又左の胸を――何の予告も無く――一突きした。
又左は何の抵抗もしなかった。出来なかった。
それだけ男の動きは鋭く、速かった。
「ま、――又左あぁぁッ?!」
一瞬の事で陽葉は何事が起ったのか、頭が混乱した。
男も、大久保利通も無表情のままだ。
香宗我部イチゾウが拳銃を握った。
男の剣がその筒先を跳ね上げた。暴音とともに放たれた弾丸が天井に当たる。
「藤兵衛の相手はあなたです、香宗我部イチゾウさん。今から2日以内に彼の脳天にその銃の弾を撃ち込んでください」
言い終わらぬうちに彼の銃が2度3度、撃ち放たれた。
当たらない。
「冷静にならないと当たりませんよ? 発砲回数に制限は設けませんので幾ら撃たれても構いませんが」
陽葉は又左の胸に手を当て、茫然としたままだ。
「それも賭けのひとつです。あなた方はすでに検証したんでしょう? NPCは1日経てば生き返ると。自分たちの研究結果に自信を持ってくださいよ」




