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【完結御礼】戦国武将ゲーム! 豊穣楽土 ~木下藤吉郎でプレイするからには、難波の夢を抱いて六十余州に惣無事令を発してやります~  作者: 香坂くら
第3部 天下争奪編 京坂動乱 ~東軍盟主を引き受けるからには天下分け目の天王山で勝ってみせます~
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043 吉之介と正助


 この男。

 なぜ、この世界に来たのかが思い出せなかった。

 この世界になぜ自分が呼ばれたのか? その理由が思い出せなかった。


 目覚めると何処か見知らぬ屋敷にいた。


 だだっ広い畳敷きの、座敷のまん中に敷かれた布団で呑気に寝ていた。

 半身を起こす。

 徐々に冴えだした頭で、どうやら自分が若返っている事に気付いた。


 彼は至極冷静だった。


 発声してみて、身体中を撫でまわしてみて。

 そして自分が自分ではあることを確信した。

 ただ一点、大きな違和感。若かった。


 昨日、いや、先刻と言えようか。彼はなにか何処かの博覧会の内覧会に誘われた。誘った相手も、横須賀だったか何処だったか、会場すらもとにかく思い出せない。もしかすると博覧会などでは無かったかも知れない。


 そこである人物と再会した。


 その人物とは、もう1年以上も口を利いていなかった。

 その人物は彼にとって障害、目の上のたんこぶ。

 彼自身がそう認識していたのではなく、彼を取り巻く周囲の人間がそう捉えていた。


 ただ彼はそう思っていなかった。違うと思っていた。

 だが、違うと思っていたのに、その気持ちを決して口外しなかった。態度にも示さなかった。


 彼は自己表現が極端に苦手だった。いっそ自我をさらけ出すことを封殺していた。

 なぜならそれが、それ自体が、彼にとっての自我の表現であったから。

 心中を秘匿することが、まるでそれが美徳であるかのように、あるいは信条であるかのように、彼という人間を形成する上で根幹的な体質だった。


 彼の周囲はそんな彼を勝手に解釈し、彼がそう思っている、考えているのだと先回りし、彼の行動の先に頼みもしない線路を敷いてくれようとした。


 彼はそんな周囲の人間の(勝手な)思い遣りを全部許容した。それが彼にとって益になることでも、ただの押しつけでも。さらにはそれが彼には明らかに不利になることでも。


 一切合切を大きな懐で受け止め、寛容した。

 とにかく否定も拒否もしなかった。


 その、博覧会会場で再会したある人物も、最初はそんな彼の、周囲の人間の一人だった。彼が受け止めた人間の一人だった。


 だがある時、そのある人物は彼の内面にある矛盾と無駄さに気付いた。そしてある人物は自我に目覚め、自らの意志を持ち、彼の内面と対等でありたいと思うようになったのである。


 対等とはつまり、自律である。そして自律の行き着く先は対立だった。

 彼そのものではなく、彼の取り巻きとの対立だった。


 台湾という東アジアの孤島が、両者の対立を鮮明にした。

 対立は当然のように対決に発展した。


 その結果。

 彼はある人物に敗北、表の舞台から消えた。

 消えてからしばらくして、博覧会かなにかの催しで、そのある人物と再会したのである。




 お互いぎごちない会釈がやっとだった。

 彼は敗れ落ちぶれた自分を晒すのが辛かったのではなく、ある人物が不快もしくは迷惑に思うことが堪らなく辛かった。やり過ごす、それしかない。自分に言い聞かせようと唾を飲み込んだ。


 だが彼は。

 内心、その人物ともう一度仲良くなりたいと思っていた。

 このままそっぽを向きたくなかった。そんな事をしてしまえば一生後悔すると。

 これは好機なのだと。


 彼は目の前にあった展示物をしげしげと眺めた。

 縦長の大きな、ロッカーに似た個室が、他の誰の目に留まることも無く、ポツリと置かれていた。

 扉のノブに、【有料シャワー】と下手くそな日本語でプレートが掛かっていた。


「有料シャワー? シャワーってないや?」

「シャワー? 知らんな」


 まるで、独り言同士の会話。

 互いにまた無言。


 一生の後悔、それはある人物も同じだった。

 かつては背中を追い、ときには肩を並べ、あるいは真正面からぶつかりあった相手。


 もっと端的な表現をすれば。


 親友。


 彼の内心を痛いほど識り尽くした自分だ。

 ここで顔を背け合って良いはずがない。


 ある人物は、彼が目に留めた展示物をしばらく自分も観察し。


「試すつもりなんか?」


 とポツリ尋ねた。

 彼は「そうだな」と返し、個室に入った。


 とある人物も、そうする事が当たり前のように、続いて入っていった。




◆◆





「吉之介さ。起きたか」

「正助さ。……どうして」



 彼、西郷隆盛は、ある人物、大久保利通とようやく目を合わし、名前を呼んだ。

 大久保は泣きそうに笑った。


「ここは弘治年間ん島津ん城や。伊地知もおる! オイたちはやり直しをすっど! ついて来い、西郷よ!」


 縁側に立っていた大久保が叫び、庭にジャンプする。


 ポカンとした西郷、バシバシと自らの頬を叩いた。

 身軽になった図体を助走させ、庭にいる大久保に目掛けて投げ出(ダイブ)した。



 西郷は子供に還り、重い重い(カラ)を脱ぎ捨てた。



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