041 お試し接待
「ところでさ。沖で停泊している連中はどうするつもりなの?」
覗いていた双眼鏡を長宗我部元親に渡し、信親が尋ねる。
質問した相手は木下藤吉郎陽葉のつもり……だったが、自分が訊かれたとカン違いした元親が答えた。
「まー。沈めんでもいーか」
「なっ?! 攻撃するつもりだったんですかッ?!」
「そりゃあ……。悪さされる前にやっとかんと。後の祭りだからなー」
会合の席にようやく接待料理が運び入れられた。
カツオのたたきが載った白飯だった。どろめ汁の椀も添えられている。
本来は打ち解け和やかな空気が流れたところで、「では土佐の珍味など」「わーい。いただきます」という運びだったろうが、急速冷凍された雰囲気は郷土料理では如何ともしがたかった。
陽葉は憤怒の表情を表しバネみたいに起立すると、軽薄げに、目じりを下げている元親に詰め寄り、無遠慮に睨んだ。
信親から円座に戻るようなだめられる陽葉。
香宗我部イチゾウ、前田又左も不快感を露わにしている。
先程決議した毛利行きもすっかり念頭から消え失せた。
この食事にもきっと毒が入っている。
3人のカオに、そうしっかりと文字が刻まれている。
和平したと見せかけて相手を油断させ、罠に嵌めて始末する。よくある事だ。
「信親さん。聞きますが、わたしたちと船に残った彼らを引き離したのは何か意図があったんですか?」
「意図? それはいったいどういう意味?」
言わずもがな。
自分たちを罠に掛けたのか? 陽葉は暗にそれを訊いている。
まるで彼女と示し合わせたかのように、又左が刀の柄に手を置いた……ときに、ふと彼が悟る。
「陽葉。オレらの思い違いだ。気を静めよう」
そう諭し、自らが率先して座についた。
2秒ほどの間を置き、陽葉も着座。香宗我部イチゾウは従わなかった。
「座りなよ、イチゾウ」
「又左の言う事を素直に聞くんだな」
「イチゾウよ、オレらはとっくに籠の鳥だ。なのに刀は取り上げられてない。オマエの拳銃もそのままだ。悪意があるならここに来るまでに丸腰にされてるだろ?」
「……わーったよ。細かく説明すんな」
イチゾウは不興気にドッカと座につき、無作法に箸を動かし始めた。
一瞬目を丸くして彼を凝視した陽葉は、自分も負けじとたたき丼を搔き込んだ。
「すまない。気を悪くしたと思う。元親先輩は元からイジが悪い。君らを試したんだ」
「まーなー。あのくらいのカマシで感情をさらけ出してたら、毛利の両川どころか島津の偏屈ヤローどもの相手なんて、とてもできないからなぁ」
憤慨したイチゾウを殴りつけて黙らせた又左を押さえつけて陽葉が怒鳴った。
「表裏あるヤツの方が信用できないの! わたしはわたし! 相手が島津だろうと毛利だろうと、伝えたい事は同じなの! わたしは無いぃ! 裏も表も無いいッ!」
「うへッ! バカ女、米粒飛ばすな、このッ!」
ポーカーフェイス長宗我部元親が根っからイヤなカオをしたのは、これが初めてだった。




