17話 「教科書(3)」
前回
時間切れのおかげで戦国時代から帰って来れた陽葉。
しかし気になってしようが無い。妹の歴史教科書を拝借し、たまげる。
そこには聞いたことも無い歴史が載っていた。
パラレルワールド?! いったい今は何時代なんだ?!
「はあ?」
「だから、いま何時代?!」
まっかっかな【いからせ顔】に少し冷めた色を取り戻した恋は、深いタメ息をひとつついて「……昭和だけど」と返した。素直ないい子だ。
「ホラ、これ見て! 江戸時代がすっぽり無いでしょ? 明治時代の前に【元禄時代】ってのがあるでしょ?! コレ、どういうことなんだろね? それにホラ、明治初期に仙台藩主が革命を起こして日本を二分したっていう一大事変も……!」
両手でわたしの口をふさいだ恋。
「……江戸時代? 知らないよ。わたし、歴史苦手だから」
――わたしの興奮、あっさり一刀両断された。
……どうやらもうしゃべるな、ということらしい。わたしはそれでも、頭ひとつ分低い妹の両肩をつかんで「ゆっさゆっさ」と揺さぶり、
「お姉ちゃんさ、かるーくタイムスリップして来たみたいなんだよ。……いや待てよ、これはタイムリープ? それとも、タイムトラベル……なのか? うーん」
――妹の恋は、中二。
しかしわたしと違い、いわゆるオタク族(昭和末期、特定の趣味嗜好に通じているマニアックな人のことを指した。だからわたしの時代ではオタク族で通す。平成から令和では【中二病】という分類もあるらしいが……)のたぐいではない。
湿ったストレートの黒髪をゆっくりと両手でかき上げ、大きめの瞳を半分閉じる。そうしてふたたび、底冷えのするドスの利いたものへと、眼を急激に変貌させて、
「いっぺん脳波、測ってもらった方がいいよ?」
と唸った。
だが、そんな程度でたじろぐわたしではない。
実妹が放つ、チョー絶のイヤミを吹き飛ばし、
「わたしさ、槍の又左に会ったんだって! お姉ちゃんの脳内補完(当時、こんな言葉は無かったデス)どおりの男の子!」
恋はジト目を続けたまま、わたしに、手提げバックから取り出したグリコのカフェオーレを差し出した。まるでペットにエサでも与えるように。……黙れということか? はい、黙ります。
「……で。まず、又左ってダレ? 夢の中のオトモダチ? もしかしてシャワー室に連れ込んでた?」
「あっはっは! 浴室に? オトコを? ヤダなぁ、わたしがそんな破廉恥なコトするわけないでしょうが!」
「……おねーちゃん……声デカイ。ハズイ」
そのとき、お風呂屋の番頭おばさんがおっつけで駆け込んで来た。
「悲鳴を上げられたご家族の方ってのは、どちらの個室に……?!」




