039 元親と石谷姉
木下陽葉らを乗せた四駆は沿岸沿いの主道でなく、山間の酷道を走破した。
運転するのは長宗我部信親の同級生。
「信親が運転しないのかよ?」
「初対面でオマエ呼ばわりかい? ……免許持ってないんだよ」
「……。マジメか、持てよ」
鼻を鳴らした香宗我部イチゾウは警戒色を発したまま、流れる景色を睨む。
「――で。なんでわざわざこんな道を通る?」
又左の方は既に殺気を発している。
返答を誤れば斬り殺しかねない凄みだ。
「……殺る気だからテメエで運転しないんだろ? 腰の銃、早く抜けよ」
又左の右手は刀の柄に置かれている。
「うーん流石だね。でも違う、キミの思い違いさ。キミが恐ろしいカオしてるから、こっちも警戒しているだけじゃないか」
「……」
ボソリ、と陽葉が解説した。
「――イチゾウ。又左。大人しくして。よく観察してごらんよ、この山道、フクザツに曲がったり、分岐したりしてるけど、ほとんど車体が揺れないくらい路面整備されてんじゃん。きっとこっちの道が正解なんだよ」
ジト目で陽葉を眺めた又左は、刀の柄から手を離した。
「ご慧眼、お見事。長宗我部領内の軍道はすべてこんな感じに整備してるんだ。木々で道を隠し、敵に知られないように工夫してる。沿岸道は見せるための道さ」
「フーン、なるほど。だからさっき港に現れたとき、最接近するまでダレも気付けなかったんだ」
陽葉たちは沖合から港に入るまでの間、長宗我部が不穏な動きをしていないか、細心の注意を払っていたのである。
「なんせ少ない兵だし。神出鬼没の奇襲作戦で戦わないと、上方の大兵にあっさり呑まれてしまうからね」
「吹田の戦いでゲリラ戦仕掛けられてたら、イヤだったよー」
おどけた陽葉に信親、カラカラ笑う。
「あの戦い、毛利と島津の独壇場だったでしょ? こっちも気が悪いよ。だったら長宗我部は適当にさせてもらおうってね」
◆◆
長宗我部家の本拠地、岡豊城は標高100メートル弱の山上にあった。
城下町を一望できる、戦国時代の典型的な山城と言えた。
南側にある国分川から山裾まで水路を延ばし、水運交通の利便性を向上させている。
これはプレイヤー長宗我部元親が独創し実現した彼の立派な功績である。
ただ本館の詰まで急こう配の坂を登るのは骨が折れた。
座談の中で元親は、近いうちに岡豊城を捨てると公言。高知城という平城を建て移転する計画だという。余談だが、高知城は、大高坂城と言う名の城を、関ケ原役で没落した長宗我部家に代わって入封した山内家が、大規模改修した城の名だ。
当主、長宗我部元親は岡豊城本館の2階にいた。
「せっかく四国の王になったしな。戦国武将としてやりたいコトをやりまくろうと思ってなあ」
元親は、息子役のプレイヤー・信親と体型も顔かたちもよく似ており、「兄弟か?」
と思えるほどだった。わずかに違う点と言えば、元親は近視のため眼鏡をかけていた。
ちなみに。
「信親。石谷妹には挨拶させたのか?」
「ええ先輩。あとは先輩のヨメ、石谷姉の方だけです」
――と、ドドド……!
階段を壊す、もとい駆け上がる音が届いた。
本当に壊すかのような勢いだった。
「どーして、かくれんぼを途中で止めてるのよ!」
小柄なセーラー服の少女。
一目で石谷夫人だと知れた。――が、ほんの一ヶ所だけ違う。その一ヶ所は、異性に対して、その者の個性を大きく印象付ける一ヶ所だった。
「ほら挨拶しろ。お客様だぞ」
「んー? お客さま?」
「しようが無いヤツだな。えっと。この平らな胸の美少女がオレのヨメ、石谷姉だ」
ゴンッ!
と長宗我部元親の後頭部が割れた。ように見えた。
軽く3メートルは飛んだ彼は壁に激突し10秒失神した後、何事も無かったかのように起き上がった。
「で。この生ウエポンな美少女がオレのヨメ、石谷姉だ。よろしく頼む」
「ダンナさんも奥さんも、両方とも容姿がソックリなんだね」
陽葉驚きつつも「それと、女の子を侮辱したらダメです!」と真顔で諭した。
長宗我部元親はタジタジ、信親は苦笑した。
石谷姉は気をよくして陽葉の手を取った。
「もしかしてあなた、いいヤツ? わたしと友達になりたいの?」
「あー……はい。友だちになりましょう」
◆◆◆
石谷姉の方の名は石谷あがり。石谷妹は石谷かまち。
昭和初期頃の生まれだからか、可哀想にも名付けに関してあまり恵まれていない。
双子の姉妹らしかった。
「かくれんぼだ、オレに見つかったら拷問するからなって脅すから手洗いもガマンしてずっと隠れてたのに。5時間も放置するんだよ? 酷いでしょ?」
名前だけでなく、伴侶にも恵まれていないかも知れなかった。




