036 千里ヶ丘決戦(午後)
摂津国(=現大阪府)
―吹田付近・主戦場―
夕刻。
陽が傾きだしている。
木下軍本陣で首実検がおこなわれていた。
離れた別の場所に陣幕を張り、床几に座り込む木下藤吉郎陽葉。
彼女は首実検に参加していない。
前野将右衛門が部下を連れてカオを出すとちょっとホッとした表情を見せた。
「そんなタマじゃ、大将になれんぞ」
「いいんです。わたしは」
そうは言っても彼女は、れっきとした東軍の総大将であった。
前野将右衛門は歯をのぞかせ、人払いする。
幕内には二人だけになった。
「首実検は竹中半兵衛どのが手際よくこなしている。安心せい」
「……助かります」
二人は事後の措置について2、3打合せした。
京は不在の上杉謙信に代わって浅井長政に差配を任せる。
近江、大和、紀伊は織田美濃に一任する。
大坂城への対応は木下陽葉と徳川家康が引き受けてくれた。
毛利とは和戦し、摂津、和泉は諦めてもらい、代わりに播磨一円の割譲を認める交渉をおこなう予定とした。
これらは案として東軍諸将に諮り、認めてもらうつもりである。
「反対する者は無いだろうよ。ヤツらはとっくに天下取りを放棄している」
そうでなきゃ、好き好んでお嬢に味方するはずがない。
と付け加えてニッカリした。
「わたし怖いんだ」
「怖い? なにが?」
「ホンットーにこの時代の人は生き返るんだよね?」
「んー? あーそれは間違いない。オレがいい証拠だろーよ」
「マジメに聞いてんの」
「いたってマジメだがの。じゃあ実例を挙げてやろう。前に織田美濃どのと戦をしたろう? そのときの小競り合いの3日前にオレの又従兄がはしかで死んだ。ヤツは成仏し、二度と会えてない」
「……どこが実例なの?」
「黙って最後まで聞け。次にオレの実弟が小競り合いに巻き込まれて死んだ。そして翌日にソイツは、普通に家で寝てやがった」
「……えー……」
「知らん間に眠りこけてたってぬかすんだ。『流れ矢に当たっておっ死んでたじゃねーか』って怒鳴ったんだが。『ゼンゼン憶えてねぇ』ってよ。――これで納得したか?」
そっかーとうなづいたものの、陽葉はまだ不安げに眉を寄せている。
「本陣でいま、死んだ人を確認してるでしょ? もしその中にゲームプレイヤーがいたらどうしようって、さ。この戦い起こしたの、わたしだしさ。もちろんそんなの覚悟の上で戦いに臨んだよ? ……けど。いざとなったら怖くてさ……」
「ご安心を。少なくとも東西両軍の中に、戦死されたプレイヤーはいませんでしたよ?」
半兵衛が幔幕の内に入って来た。
穏やかな笑みをたたえている。
陽葉はようやく少し明るさを取り戻した。




