026 島左近(1)
摂津国(=大阪府)
―大坂城下、上町台地―
しんがりを務める真田信繁の隊がどんどん目減りしていく。
今頃大坂城の城内は敵兵であふれているだろう。
「鉄砲、並べ! ――ってい!」
数十発の弾丸がどでかい音を立て真横から襲い来る敵兵を薙ぎ払った。しかしそれは一時しのぎだ。
勇敢どう猛な島津兵は死骸となった同志を踏みつけて、歯をむき出して突進を止めなかった。
ヤツらはケモノだ!
「殿ッ、本願寺の御堂ですッ!」
門をくぐり、早無人となった堂内を走り抜けつつ振り返る。
後方の真田隊が乱戦状態に化したのを認めた。
「このままでは真田が全滅する!」
助けに戻り、真田と運命を共にするか。それとも本願寺勢と合流し堺を目指すか。
容赦のない決断に迫られて脂汗が垂れた。
すると同胞の内藤昌豊が一団と共に混戦の只中に、鋭槍となって突っ込んでいった。
「内藤!」
「真田の若を引き出して追い掛けます! 島どのは一刻も早く堺へ!」
尻をひっぱたかれてようやく自我を取り戻し、逡巡する自部隊に号令する。
「我らは本願寺顕如を護衛し堺に入る。続け!」
「とのッ! 大坂城が燃えています!」
「な……!」
いや待て。
アレは燃えてるんじゃない。
何やら爆発物が派手にまかれているのだ。
そう。
花火のような何か。
それが、武田信繁の予告通り、天下の城が火を噴き始めたみたいに見えているだけだ。
ただそのせいか、一瞬島津勢の鋭鋒が鈍くなった気がした。
しかしそれでも真田、内藤を気にしている余裕まではない。
「急げ、振り返るなッ! いまのうちに堺へ、堺へ!」
◆◆◆
堺城市の北端で我々を出迎えたのは石田佐吉。オレの主人だ。
「アルジ。遅くなりました」
声を掛けてから目を疑った。
となりに福島正則が立っている。ふたりはとてもとても仲が悪い。なのに並んで立っていた。しかも両名、返り血が酷い。そうとうな修羅場を潜ったのだと知れた。
「左近。無事だったんだな、よかった」
主人の面が歪んでいる。半泣きというやつだ。
まず手を握られ、そして抱擁された。
「な……。アルジ、止めてください」
「本願寺顕如の奥さんが教えてくれたんだ」
「これを? スキンシップを?」
「もう少し耐えれば長宗我部軍は退却するってね」
そ、そっちですか。
「だから頑張ったよ。福島のバカが足を引っ張りさえしなければ、もっと早く左近を迎えに行けたのに」
福島、よく見ると包帯した頭から血が垂れている。左腕にグルグル巻きした包帯も血が染み出している。しかし全く平気そうだ。アルジにむかってギーギー怒鳴った。
「なぁっ?! テメーがカメみたいに首引っ込めてたから情報取得が遅れたんじゃねーか、このクソヤローめえ」
「そういう短絡的な発想でしか物事を見れないから筋違いのバカ発言をしまくって、挙句の果てにケガしちゃうんですよね、あー情けない」
「なんだと」
「なんですか」
良かった。
どうやらオレは変わらぬ世界にいるようだ。
「アルジ、できたら真田と内藤を助けに行きたいですが」
「ああ、それなら雑賀孫一が迂回路から奇襲で援護してます。何とか窮地を脱してくれることと思います。……あとは運次第ですが」
「ほう」
若。やるね。
ご褒美にもう少しだけ抱擁させといてあげましょう。




