024 真田信繁(1)
摂津国(=大阪府)
―大坂城―
石山本願寺の敷地の北半分を造成して新・大坂城が作事されつつある。
豊臣大坂城には及ばないものの、現在出来うる最大限の大普請を決行し、高積みの石垣と粗いながら深い堀を巡らせ、東西要の地に堅牢な城を急ピッチで仕上げようとしていた。
そこに東軍5千が先行入城していたのだが、本願寺伽藍襲撃の報を聞き、諸将が動揺している。
「ほうっておけ。本願寺は本願寺でどうにかしてもらわにゃならん」
昨日城入りした武田信繁さまが畳に横たわったまま吐き捨てた。
まだケガが癒えてないというのに、病院が嫌いだとの理由で西本願寺(施養院)を脱走してきたそうだ。京からここまでよくやって来れたものだと感心した。
よくよく聞けば、織田御市どのと思いが一致して、自慢のジープを駆り、京脱出となったらしい。(だが大坂で力尽きたとのこと、そりゃそーだ)
「それより真田信繁の親父はどうした?」
「いま伊勢湾の志摩です。戦艦長門と黒船を曳航して九鬼嘉隆とともに修繕作業中です」
「知多半島沖に沈んだ船か。よく引き揚げたもんだな」
「織田家の総力を挙げたとかで。徳川と北条も相当の資金援助をしたみたいですよ」
薄く嗤った信繁さまは起き上がって閉じていたふすまを開けた。
遠くで鉄砲や人の叫喚がする。石山本願寺の方角だ。
「救援に行ってきます。あれでも落とされたら厄介な事になりますから」
「……」
今度は止めなかった。真意を探っていただけのようだ。
「父昌幸や織田美濃どのもそうですが、どうしてあなた方は木下藤吉郎陽葉にそこまで肩入れするのですか?」
「何が言いたい?」
「わざわざ怪我を押して大坂まで督戦に来られたり、織田御市どのも危険を承知で兵庫表まで偵察に行ったり。木下どのは有能な方々を自在に操る神のような存在だなと」
「神? あのナマイキなチンチクリンが? ――それはな、アイツが弱っち過ぎるからさ。目標達成するには余りに実力が無いから、こうなったらこっちもホンキで手助けするしか無えじゃねーか」
ほう……なるほど。
ちょっと疑問が解けた気がする。
「ではその目標とやらは、武田信繁さまと一致しているのですか?」
「知らんな。オマエはどーなんだ」
「目標……ですか。とりあえずこの世界に後悔を残さないよう、精一杯日々を楽しむことですかね」
「マジメだねぇ、真田ちゃんは」
「じゃあ信繁さまは何なんですか?」
「金。女。兄貴に再会。この三つだ」
言ってから勝手に照れて背中を向けた。まぁそれ、本心に近いんだろう。
「お互い、達成できたらいいですね」
◆◆◆
島津海軍は一部兵を海岸線に上陸させ、我が真田隊と交戦を始めた。
その一方で本願寺伽藍に突入を繰り返し、本御堂の制圧を狙っている。防戦側の本願寺顕如は屈強な門徒衆に護られてどうにか今は態勢を維持していた。
「島津兵は戦巧者ぞろいだ。真田が本願寺城に入らないよう、絶妙なジャマ立てをしている」
隣で分析めいた発言をしたのは島左近。彼は石田三成の属下だが、大坂支援のため、主に先んじて城に入っていた。
「本願寺が落ちれば堺も孤立して落ちます。そうなると大坂城は熟柿のように腐り落ちるでしょう」
「――その場合、決戦地は京への入口、山崎か、それとも京市街」
「山崎は迎え撃つ側からすれば不利な土地、京市街だと市民への被害が甚大です」
二人で考えあぐねていると先陣の将の一人、内藤昌豊どのが騎馬群を連れて寄った。
増援と、武田信繁さまの伝令を兼ねていた。
「大坂城を爆発させる。殿のご命令だ。我々はいったん本願寺に突入し、ヤツらともども堺に集結する」
「ば、爆発……なんだと?! 信繁さまはどうされるおつもりなんだ?!」
「残念ながら死ぬ気は毛頭ない。安心しろとの事じゃ」
「うう。イミが分からん。あの方らしいセリフだ」
大坂城から続々と味方が出撃しだした。皆、正面の島津軍を無視している。ただひたすらに本願寺伽藍を目指しているようだった。
「しかし。本願寺僧侶はそう簡単に退去しないでしょう?」
「本願寺顕如の嫁の如春尼が、門徒衆に向かって結束を呼び掛けたらしい。既に南門から大勢の僧兵が堺方面に脱出しだしている」
まさか。
予想できない展開に思考が停止しかけた。




