023 黒田官兵衛(3)
摂津国(=現兵庫県および大阪府)
―伊丹(有岡)城から尼崎(大物)城地下牢―
僕――黒田官兵衛は姫路を捨て、別所長治は三木城を捨てた。
そして山内鹿之助はなんと主君を(一時的に)見捨て、こうしていま運命を共にしている。
ところが有岡の城、荒木村重はその運命に抗っている。
そう言えば聞こえがいいが、平たく言えば駄々をこねている。
「悲しいです。三木城はとても住み心地のいいお城だったし増強工事だってしてたんです。いまごろ毛利か島津がゆっくりと寛いでいるだろうなぁ。それでもボクはグッと耐えてるんですよー?」
「くつろぐ? いやいや。それは無い。――なぁ村重よう、とっとと兵をまとめて大坂に行かんか。オレも尼子の殿を置いて来たんだぜ?」
別所と鹿之助が言い募るが荒木クンは腕組みしたままムッツリ。
なお彼も戦国武将ゲームプレイヤーで同級生、である。
「フン。ヤダね! 有岡城はオレの大事な城だ。誰にも譲る気ねえよ!」
ウルサイし時間もない。シメてやるとするか。――と思って鹿之助に目配せした……のに通じない。
何故?
「村重。クロカンは別にオマエに意地悪して言ってんじゃねーんだし、ちっとは言う事聞いて協力してくれよ、なぁ?」
「クロカン? ダレそれ。そんな汚ねー名前、オレ知らないねぇ」
僕と荒木村重クンは仲がとても悪い。
アイツのカノジョを盗ってしまった過去があるからだ。結果的にだがな。
それとこれも結果的にだが、定期テストのヤマを大きく外して教えてやったこともある。あのときは確かに僕が悪かった。テスト範囲をうっかりカン違いしていたせいだ。
また、学業成績も僕の方が断然良かったのが気にくわなかったかも知れないし、残念ながら、彼が僕にスポーツで勝てたことも……無かった。
小学校時代。
女の子たちの前でドッチボールを彼の顔面にぶつけてしまい、鼻血出させて泣かせた事もあった。むろん、わざとじゃなかったんだけどな。
「荒木クン。じゃあこうしよう。ジャンケンで僕が勝ったらキミは言う事を聞く。どうだ?」
「……ヤダね。そもそもどうしてテメエとジャンケンしなきゃならんのか」
「負けたくないと? 勝てないと?」
カッとしたのか、言葉の代わりにパンチが飛んで来た。これだこれ。キミのそういう短気で暴力的なところ。それが僕も苦手なんだよ。
スウェーで避けて、つい、反撃してしまった。荒木クンの頬に僕の左拳がめり込んだ。
「……ごめん。とっさについ手が」
返事が無かった。気を失っていた。
「仕方ない。担架で運び出そう。目指すは尼崎城(大物城)だ。急ごう」
「お、おう」
鹿之助クン。だからそんな目はヤメてくれ。わざとじゃないんだって。
◆◆◆
「な、なんでオレ縛られてんだ?! コノヤロウ! ここは何処だ?!」
「尼崎城の地下牢さ。キミの事はこれから道糞と呼ぶことにするよ。これで歴史通りだね」
「な、なんだと?!」
荒木クンの眼前に彼の戦国武将ゲームカードをチラつかせた。気絶の間に取り上げていたのだ。
「たまたま見ちゃったんだよ。キミ小早川隆景と密約してたよね。だから行軍をわざと遅らせようとした」
「そ、そんなワケねーだろ! お、オレは――!」
知ってるよ。キミは裏切りを打診された。そして断った。
そうでなかったら、有岡に東軍の兵を入れたりもしなかったろうし、僕たちをみすみす見逃したりはしなかっただろうし。
「ドウフンクン。もしキミが裏切者じゃないってんなら、ここで証明をしてもらうよ?」
「し、証明だと?!」
「キミの部下たちにメッセージを伝えてもらう。荒木一党はこれより大坂城に入り、全面的に西軍を迎え撃つ――そう言ってくれ」
「ヤダね」
「ドウフンヤロウクン。僕はキミとの不幸な過去を全部水に流してあげようと思ってるんだ。それなのにキミの方はずっと根に持つ。僕への憎しみ恨みを背負っていくっていうのかい? 別に僕はそれでも構わないしケンカ上等だよ。……でもね、キミのイマカノはどう思ってるだろうね?」
荒木クンの目が泳ぎだした。僕の話す意味を必死に探ろうとしているらしい。僕は続けた。
「彼女はキミの男らしい魅力にホレて告ったそうだよ。なのにキミは案外とねちっこいところがあって。彼女は僕に泣きながら相談したんだよ」
「な……」
「心配しなくてもいいよ。僕は過去の過ちを反省して、まだ今のところキミの彼女を横取りしていない。だからさっさとこんなゲームを終わらせて、キミは彼女と現世に戻る。それがきっとキミのためなんだよ。……分かるかな?」
分かってくれると嬉しいんだが。
僕は彼のアタマに手を置いて、ヨシヨシしてやった。
ホント、カワイイやつなんだが。