021 木下藤吉郎陽葉(6)
近江国(=現滋賀県)
―坂本城、安土城、小谷城―
どうにか将軍位に就いた足利義昭クンだったが、案外彼はフットワークの軽い人間だった。
現在、まずは事実上近江国を統治している琵琶湖西岸の明智光秀、南近江路以東を領有する織田美濃、そして北近江と若狭、さらに南越前を占める浅井の三氏拠点を訪問し、それらの御家来衆にも直接お礼を述べたいと言い出したので、わたしが代表しお供した。
ちなみに記述するとわたしの他に随伴したのは、我が木下家から前野将右衛門さんと蜂須賀小六、それから竹中半兵衛さん。
徳川家から家康ちゃんに水野雪霜ちゃん。さらに服部半蔵クンと今川氏真。
あと、足利家直臣の細川忠興クン。
兵数で言えば200人ほどの精鋭部隊。
京を出たわたしらは手始めに明智光秀の拠点、坂本城で接待を受けた後、一路観音寺城まで護衛してもらって、そこで乙音ちゃん(織田美濃)と合流。途中、未だ完全帰属していない六角の傍流残党を追い散らしつつ、そのまま建設途中の安土城に入った。
史実通りかどうか知んないが、安土天主の心柱は無くって。その代わりに巨大なクリスマスツリーがそそり立っていた。
「ツリーやないですよ。立派な御神木です。……まぁツリーですけど」
「やっぱツリーじゃん」
かの織田信長は、心柱を工夫して天守中央に宝塔を建ててたって何かで聞いたが、この世界の彼は今どこでどうしてんだか……さっぱり分からん。なので乙音ちゃんが自分のシュミ丸出しの建築デザインをご披露している。
安土城でも至上のごちそうを頂き、義昭クンは大いに満足した様子で、去り際に「史実通り、織田美濃を御父上と呼ぼう」なーんて気色の悪いお世辞を連発して逆に彼女を思いっきり不快にさせていた。
それからは乙音ちゃんの計らいで、琵琶湖を鉄甲船で水上移動、開拓した今浜の湊で浅井一党と落ち合った。
そのまま乙音ちゃんも自身の希望で随伴することになり、織田と浅井の一団は北国街道より山間の城、小谷城に到達する。
「どーも浅井長政さんがオカシイ」
思わず呟いてしまったほど、麓の館で出迎えた浅井家当主、浅井長政さんの様子が変だった。別に将軍を迎えたからって緊張してるわけでも無いだろうに。
「そう言えば、御市がおらんね」
「あの娘、なかなかにはしっこくてメンコイから会いたいぞ」
乙音ちゃんと義昭がキョロキョロ。
そう言われて長政さんの表情がますますヘンになる。
「実は先日より行方が知れないのでございます」
御家来衆重鎮の遠藤直経さんが頭を抱えた。長政さんが意気消沈ぶりが極まった。
「ただいまー。――あ、上さま来てたんだ」
「おいち!」
人目もはばからず長政さんに羽交い絞めにされて御市さん、魂が抜けたかと思うほどグッタリした。
「苦しいじゃないのッ」
「謝る」
「謝れッ」
御市さんは「早速だけど」とわたしらに報告しだした。
「島津が?!」
「呑気に旅行してる場合じゃないよ、姫路のクロカンから連絡来てないの?!」
「旅行じゃないんだけども……。来てたよ、姫路城が毛利勢に包囲されたって」
「そうよ。いったん東神連合に寝返った宇喜多がもっかい毛利方に寝返って、先鋒隊になって姫路に押し寄せたのよ! クロカンクンなかなかの善戦だったけど毛利本軍の到達で終わり。撤退戦に入ったよ」
それは昨日聞いてた。
さっきも別所三木城から連絡あったし無事は間違いないものの、当城が落ちるのも時間の問題だ。
「ここまでの道すがら、連合軍の京への進発は完了してまする。明智、織田、浅井に加えて徳川、木下の各隊を合わせてざっと2万5千」
「それはここに戻るまでに目についたよ! 問題は島津軍。こっちは瀬戸内の水路を利用して大坂の本願寺城を包囲してるって!」
……そりゃ足早いな。島津義久、流石に手ぶらで逃げてったわけじゃなさそうね。充分京坂神戸辺りを下見したってかね。
「前将さん」
「はいはい。真田昌幸、真田信繁親子と内藤昌豊、島左近が新城大坂城に入ったぞ。――オイ、小六! 京坂経路の新軍道は機能しとるか?」
「機能しとるから、ワシもこうして呑気に美味いもん巡りしとんや。な? 織田のお嬢」
乙音ちゃん、突然フラれて面食らいつつも気炎を吐く。
「そうやね。小六の土木工事技術は素晴らしいわ! 岐阜の兵たちも明日には到着予定やし、西軍お出迎えの準備は万端よ!」
ところが話の腰を折るかのように竹中半兵衛さんが告げた。
「堺奉行の石田三成クンからの連絡です。長宗我部が淡路に集結しつつあるとの事です」




