019 今川氏真(1)
山城国(=現京都府)
―二条城(室町御所武衛陣)―
少し時間が遡るからな、混乱するなよ!
◆◆◆
「何をグズグズしておるのだ! 間に合わんぞ」
坂井大膳は真面目な男なんだが、少々動きが遅いんだ。なのでいつもイライラしてしまう。
「待ってくだされ、氏真さま」
「あの斯波義銀でさえ最近ゼンゼン遅刻しないんだ、少しは見習え!」
「そう言われましても……、斯波さまはわたくしめがいつも段取りを面倒見ており――」
それを承知で言っとるのだッ!
別にオマエが無能だとは思っとらん。
――永禄元年(1558年)10月18日。
足利義昭が京にて将軍宣下を受け、室町幕府第15代の征夷大将軍に就任した。
わたしらは御所で正親町天皇に拝謁、御礼言上を述べた義昭を二条城でお出迎え、祝賀の挨拶をするために集められている。
もっとも二条城っても旧城で、もともとは斯波義銀の京での邸宅だったものを前将軍の足利義輝が借り受け、勝手に改装して住んでた城で、義輝自身が暗殺された場所でもある。(ちなみに犯人不明のまま)。
そんな縁起の悪い場所に関わらず、義昭は特に気にする風でもなく新造の本館を建て、室町幕府の政庁とした。実際のトコ、お金と時間が不足してたんだろさ。
義昭の祝賀の儀には東神連合の主要な面々が顔を並べた。
「よー。遅いじゃねーか。軽くどこかで一曲歌って来たのかよ」
「アホか。お前じゃあるまいし」
今日も快調にアホだ、斯波義銀は。
このまま現代に戻ったらきっと落ちこぼれて中学留年するぞ。仕方ないヤツだぜ。わたしがどーにかしてやんないと、だな。
「わー。陽葉、カワイイじゃん」
「なんだと?」
居並ぶ諸将に先んじて、木下藤吉郎陽葉が祝賀の挨拶をはじめやがった。
しかも当世風と呼ばれる小袖を羽織り、まるで別次元のオシャレ女に変身していた。
「あ、アイツ。ナマイキな……」
右も左も分からなかったナマイキ女に戦国武将ゲーム世界での生き方を教えてやったのはわたしだぞ? その恩人を差し置いて、出しゃばった態度を取りやがってぇ。この目立ちたがりめぇ。
次に朝倉、織田、上杉、そして徳川……。いつになったら今川家の番が回ってくるんだよぉぉ!
◆◆◆
坂井が汗をふきふき首を垂れている。
いや、オマエにしては良くやった。どうにか新将軍に挨拶できた。つっても義昭も戦国武将ゲームのプレイヤーだ、元の世界に帰ればただの高校生、わたしよか1、2歳上のガキんちょにすぎん。そんなヘコヘコするこたぁ無いんだが、ゲームを少しでも有利に進めるためにはある程度のサラリーマン根性も必要だからな、わたしはそこんとこ、しっかりしておるのだ。
「氏真さま、上さまが参られましたぞ」
義昭将軍がこの廊下を通り奥書院に向かうのを坂井が突き止めたので、待ち伏せしてもちっと親密度を上げようって肚だ。
「あ、上さま! 奇遇です」
「氏真か。オマエ、相変わらず小っちゃいなぁ。オレ金持ちになったからな、今度ごちそう奢ってやるからたんと食え。そしておっきくなれ」
「…………はは。ですね」
シメコロス。
「将軍、それハラスメントだよ? 氏真も笑ってないで言い返しなよ?」
オマエ! 斯波義銀!
「義昭クン。アンタ東神連合からしたら傀儡なんだからさ、女児真にカワイソーなコト言ったらダメだよ!」
「ウッセーよ! ダレがじょじざねだ、コノヤロー!」
お前もか、木下藤吉郎陽葉!
なんで新将軍にくっついてんだ、しかもパーフェクトにタメ口じゃねーかよー!
あーバカらしくなった、バカらしくなった!
「――って待て! オマエ、将軍に向かってハッキリ傀儡って言いやがったか?!」
「そーなんだよー氏真ぇ。陽葉のヤツ、天下の将軍さまにヒドイ言葉ばっか吐くんだよー」
あーもー。
もうちょっとは歴史性なり社会性なりを大事にしろよな!
「あ、氏真よ。従四位下の治部大輔に叙任しといたから。後で証文もらっといて」
「……は?」
「偉くなったんだって。良かったね」
何か悔しいしハラ立つ。
でもそれ以上に嬉しい気持ちが勝つのがメチャクチャにハラ立つ。
ちなみに斯波義銀は従四位下侍従に、木下藤吉郎陽葉も従五位下左近衛権少将というのに任じられたそうだ。
なんだよ! ったく!