013 武田信繁(1)
空想歴史ファンタジーです。歴史ファンの方、ご注意を。
「シゲル」
チッ。馴れ馴れしい女だ。
もっとも、オレがそう呼べと言ったんだから仕方ねえが。
「何か用か?」
「上杉謙信さんが足利義昭クンを京に連れてくって。同行して将軍にしちゃって?」
「将軍にしろ? 知らねーよ。だいたいオレは上杉が嫌いだしな。あんなヤツと一緒に行動なんて虫唾が走る」
史実じゃあオレは、川中島の戦いでヤツらにやられてお陀仏したらしい。だから、というわけじゃねーが、あの余裕ぶっこいた面がとにかく癪にさわるのさ。
オレは木下藤吉郎陽葉、昭和末期生まれのナマイキな小娘に、くわえ煙草の煙を「フーッ」と吹きかけてやろうとして……ヤメた。前にそうしてやったらソッコー、グーで殴って来やがったからな。あのとき受けたパンチ、マジで痛かった。もう二度と御免だ。
「クッソ。……足利義昭を京に連れてって将軍にすればいいんだな?」
「シゲルのコトは謙信さんの部下の上杉景勝さんと直江兼続クンに頼んでるから」
じつに勝手極まりない女だ。
◆◆
「勅を奉るに、件人を宜しく征夷大将軍に為すべし――と言えり」
「ナニ言ってんだ。日本語言え、バカ」
この、直江何とかってガキ、木下藤吉郎よりもナマイキだ。完全にオレを無学だと見下してやがる。ま、無学だが。
「征夷大将軍になるには、天皇の宣旨を受けなければなりません」
助手席のヤローは上杉景勝。オレの愛車ウィリスM38に乗せてやってるのに一向に興味なさげで、実につまらねぇ男だ。
「宣旨? どーでもいい。どにかく要は金だろ? じゃんじゃん注ぎこめよ」
「言われなくても謙信さまは、御所の建て替えから京市街の整備まで、大量の資金を費やしています。朝廷の好感度はかなりアップしているはずです」
「アップ、ねぇ。それ、ゲームっぽく数値化してんのかって」
後部座席の直江がむくれやがった。ヘッ、一本取ってやったぜ。オレは構わず続ける。
「公卿連中にツテがあんのか?」
「ツテ……、まぁそりゃ」
数名の名前を挙げやがったが、聞いたコトもねぇ下っ端ばかり。
「そーいやよ。藤吉郎がひとり紹介してやがったぜ。ソイツを訪ねる」
「誰ですか?」
「菊亭晴季。コイツは戦国武将ゲームのプレイヤーだ」
◆◆
「なかなか公家を演じるのも大変なんだよねぇ」
――菊亭晴季。別名、今出川晴季は朝廷内では中途半端な身分だったが、持ち前のゲームプレイヤー魂を発揮して今ではそれなりの名声と権力を有してる……と聞く。藤吉郎がそう話してたんで間違いない。まぁヤツもどうせ、竹中半兵衛から教えてもらった情報だろうが。
平成元年生まれのこの男はやたらとゲーム世界を堪能しているようで、政敵を次々に闇に葬ったと自慢気に語りやがった。直江と景勝は黙って聞いていたが、オレは無視した。無視して単刀直入に用件を切り出した。
「お前に日本円で1億やる。ゲーム生活が終わって平成時代に帰った後に楽に暮らせるだろ? 代わりに足利義昭を将軍にしろ。いいな?」
「簡単に言うけどさ、こんなボクでも手ごわいライバルがいるんだよねぇ」
だよねぇがコイツの口癖か。不快だ。死んで生まれ変わって矯正しろや。
「手ごわいライバルって。いったい誰ですか?」
聞いてどうする。景勝のクソマジメが。
「右大臣、花山院家輔さんですよ。高齢の重鎮です。正親町天皇とも仲良しでとにかくたちが悪い」
「正親町天皇はゲームプレイヤーなのか?」
「いえ、違います。この時代の方ですよ。だからムズカシイ」
その、花山院なるジーサンもプレイヤーじゃないそうで。こりゃもうムリヤリにでも御隠退頂かなきゃならんだろ。ちなみにオリャ手は汚さんぞ。
「――ボクに妙案があるんだが、乗るかい? でもさ、やたらとお金がかかるんだよねぇ」
「幾らだ? 何に使う金だ?」
「朝廷工作に3千両。仲介料でプラス2千両。花山院の政敵、内大臣九条兼孝を懐柔する」
「だとよ。上杉家、出番だぜ」
直江と景勝、「都合5千両ですか!」とハモりやがった。御見事。
「あー。そーいやねぇ。NPCにはどーも、好感度フラグがあるらしいよ」
「フラグ、だぁ?!」
「ゲームだもの、機械的だよねぇ」
「――それ、数値化してんのか?」
「してるよ。ボク、可視化のスキル持ってんだよねぇ。それで泥沼の朝廷内を渡ってきたんだよねぇ」
――ウソくせぇが乗るしかねぇな。
◆◆
だがこれが意外な理由で難航した。
裏で花山院に手を貸したヤツらがいやがったせいだ。
薩摩だ。
朝廷に働きかけを行なうって発想はオレら東神連合だけじゃないってのは、そりゃ当然そーだな。
隠密裏に数名の集団で上洛、正親町天皇への謁見に成功し、足利一門を朝敵とする綸旨を取りつけやがった。足利義昭を将軍に推すはずの公卿共が一斉に薩摩派に傾きだした。
「どーいう了見だ?」
「日和見だよねぇ。内大臣の九条兼孝が暗殺されたんだ。これで右大臣の花山院家輔は安泰になった。お金と保身を天秤にかけた末の公卿連中の選択なんだよねぇ」
菊亭晴季の首に腕を回す。
「オイ。今出川のニーチャンよ。オメー妙案だとか自信満々にほざいて大金をせしめてたよな? 上杉の景勝と直江は今頃キレまくってんぞ? もしかしたらオメー、明日の太陽拝めねぇかも知んないな?」
「ヒィィ。じ、じゃあひとつ、妙案を提案させてほしいんだよねぇ。100両でいいよ?」
「イライラするな。もうテメーの妙案には飽きた。言わんでいいや」
「ヒィィ。言わせてください! 正親町天皇はもともと毛利元就に援助してもらって即位式を実施できた過去があってね。その縁を使った毛利の斡旋で、今回薩摩が謁見にこぎつけただよねぇ」
「――で? それが何だよ」
「同じ作戦がキミらにも可能って事なのさ。本願寺顕如にも正親町天皇は恩義を感じてる。それに上杉にも。本願寺と上杉が揃い踏みで参内すれば多分高確率で会ってくれるんじゃないかなぁ」
フーン。
「じゃあテメー、段取りしろ。かかる費用はこないだ預けた金から工面しろ。それとな。謁見に失敗したら、首がポーンと空に上るからな。ポーンだ、ポーン」
ニーチャン、大げさに慌てふためいてオレの拘束から脱し、「必ずやお役に立ちますですよ」と真顔で敬礼した。オモロイ男だ、テメーよ。
さてと。
オレはオレで京入りした薩摩隼人ら、見つけ出して成敗しなきゃならんな。メンドーくせぇな。
直江と景勝にも手伝わせるとしよう。
京都見廻組か新選組でも立ち上げてやるか?
それもヤツらに任せよう。
ではまた次回。




