011 木下藤吉郎陽葉(5) 仮想世界シンドローム
前回、その場のTPOに応じた服装の話をしたよね?
遅れて登場した徳川家康ちゃんは中学の制服を改造して、まるでアニメキャラのコスプレみたいな装いだった。あるイミ度肝を抜かれた。もう未来には戻れないハズなので、今日のために手縫いで仕立てたのは確実。その行動力たるや。
姉の今川氏真(彼女もゲームプレイヤー)がツッコむ。
「アンタ、なんて恰好してんだ。プレイヤー以外の武将が目を剥いてんぞ?」
目を剥いてる代表格は北条幻庵さんだろう。怖くてそっちの方を見れない。
逆に斯波の義銀ちゃん(プレイヤー)は「カワイイ!」とキャッキャッ興奮気味に絶賛している。これはこれで便乗できないほどっ。
「早速ですが、用件を済ませたいのでする。まずはこの写真を」
どこかの城下町を撮影したもの……らしかった。
「これは東海道すじのある街を定点撮影したものでするが、最初の写真は1ヶ月前。――で2枚目の写真でするが」
「これって……」
ほとんどの建物が焼け落ち、賑わいのあった街並みが完全に失われている。
戦で壊滅状態になったみたい……。
住んでいた人たちは巻き添えになり、大勢が死んだそうだ。
「2枚目の無人の焼け野原は10日前。――そして。これが3日前に同じ場所を写したものでする」
「え?!」
1枚目とほとんど同じ状態に戻っている。――というよりも、前に比べて少し活気づいているようにも見える。
「注目すべきはこれ、それにこちらも。――1枚目とまったく同じ建物、まったく同じ人物が映っておりまする。着ている服は違いますが」
な、なんだって?!
皆、特に、戦国武将ゲームプレイヤーたちは「ワッ」と家康ちゃんの元に集まった。
写真は拡大されていたので細部までよく映り込んでいて、確かにその通り、驚きの悲鳴が上がった。
日付を確認したが、確かに間違いない。
「合成写真だな」
「いいえ、ホンモノでする。これが撮られたのは肥前の国。戦国武将、龍造寺隆信の領国。密偵を送り込んでいた大友義鎮がわたし宛に寄越したものでありまする。ちなみにこの1週間、わたしも定点カメラなるものを仕掛けましたのがコレ」
平成生まれの家康ちゃん得意技、ドローン空撮だ。
現代で言うと滋賀県大津市、草津宿だという場所なんだが、ほぼ草っ原だった土地があっという間に道が整備され、宿場町の体が形成されている。
上杉謙信さんと浅井長政さん、そして織田美濃ちゃんが共同事業を計画してたと聞いてたが、そんな短時間で街が一個造れるわけもない。
しかも建物はすべて二階建て、町民や行商人らしき連中も普通に往来を闊歩している。まるで昔からそこで暮らし、生計を立てていたように。
「ど、とういうことなんッ?!」
不機嫌だった織田美濃姫もそのことを忘れ、うわずった問い掛けをしている。
「恐らく考えられるキーとなるポイントは、我々ゲームプレイヤーが俗にいうNPCというヤツの存在でしょう」
「NPC?」
「ノンプレイヤーキャラクターの事でする。つまりゲーム世界での、端からお膳立てされたキャラクターたちの事でする」
プレイヤーが一斉に、自席でポカンとしているプレイヤー以外の武将たちを見遣った。わたしもその一人だ。
「これまで、これほどあからさまにこんな現象は起きませんでした。しかしながら、この前、ゲームマスターから重要なお報せ、つまるところコインシャワー使用不可の通知以降、この戦国世界でのリアル感の喪失、そして現実離れした仮想世界化が進んでおりまする」
一呼吸置き、続ける。
「次にこちらをご覧あれ。このグラフは当家の石川数正に作らせました。我が領内の一郡について、年貢などの城内備蓄量をまとめたものでするが、1年どころか1ヶ月単位で増加しておりまする。入庫した記録は一切無いにも関わらずでする」
「それって……そりゃ消費はしてるよね?」
「ええ……。その間2度ほど近隣で起こった戦で一部兵糧を持ち出した他、城中の日々の食事にも当然使用しております」
「それでも、減るどころか増えてると?」
「その通りでございまする」
気付くとわたしの背後で、石だ三成くんが長束正家くんと増田長盛さんに領内の蔵を調べろと命じている。わたしは城下に近い村でいいから直ちに立ち入りし、住民台帳を作成するよう指示を追加した。
横で上杉さんの配下、直江兼続くんも戦国武将ゲームカードを使って春日山城に指示をし始めた。
「岐阜城のみの確認ですが、兵糧の他、金銀財貨の蔵も調べさせましたが、確かに増加しています。先週との比較で3パーセント程度ですが。あり得ない事でしたので、増加に対するチェック体制は正直いままでずさんでした」
明智光秀はというと、もう美濃姫に第一報している。
「恋さまからご一報です。躑躅ヶ崎館の蔵の物資は前から増えていた。湯水のように使うから黙っていたそうです」
「あ、そ、そう」
なんて妹だ。
「お金も食べ物も、そして人さえ、失っても元通り以上に回復する。だから存分に暴れろ。そう言ってる気がする。……ゲームマスター、いったいどういうヤツだと思う?」
イチゾーが、彼の脇にいる前田又左に聞いている。だが返事せず。
「どうしたんだ? 又左」
又左が自分の手足をさすりだした。青ざめている。
「――オレ、本当に生きてるのか? それとも得体の知れないヤツに作られた人形か何かなのか?」
「又左! キミは間違いなく生きてるよ! 初めて会ったときに、わたしに服を貸してくれた時から、ちゃんと友たぢだよ!」
「友だち? ……あぁ、友だちか。だな、そーだな。友だちだよな」
なんでここでイチゾーが反応する? いま話し掛けてんのは又左になの!
「遊び世界のゲーム並みに天下統一過程が早いのもうなづけまする。そしてそれは敵対勢力も同じ事。兵力、武力、財力。どれをとっても予想以上の上昇率を見せると踏んで対抗準備をしておいた方が良いでしょう」
「まさにその通りです。わたしも今日より認識を改めます。この世界が仮想であろうとリアルであろうと、わたしには全身全霊で臨むことに変わりありません。木下陽葉どの、よろしくお頼み申す」
家康ちゃんの結論に同調した半兵衛さんが平伏する。わたしもつられて平伏。
そして、
「軍議を再開しよう! みんな、元の席にもどって!」




