14歩 「乙音」
怪訝なわたしの反応を見て取ったのか、維蝶乙音ちゃんが説明を加えた。
「ホンマ驚きました。陽葉センパイもこの時代に来てはったなんて。それも木下藤吉郎。コインシャワーを使って過去に行けるってことは、これでよく分かりはったでしょう。けど滞在期限になれば、正常の場合やと元のコインシャワーに戻るんですよ。センパイは戦国に来て何時間くらい経ちました?」
「へっ?」
言ってるイミが理解できない。
話についていけないわたしに代わって又左が答えた。
「約3時間でございます」
しかも、現代の時間単位で。
「コインシャワーを思い出してください。【残り秒=滞在時間】と書いたラクガキを覚えてますか?」
「……えと、覚えてる」
「んじゃですね、そのときカウントダウンが始まったって思うんですが、何秒前にシャワーを止めてまいましたか?」
――記憶をたどる。
そう、そういえば……パニックになって、わたしはあのとき……。
「2、3秒くらい前……かな」
乙音ちゃんはニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ時間ですね。また会いたいですが、それはわたしのワガママ。戦国はめっちゃあぶないですから、もう来んといて欲しいです。お会いできてよかったです」
彼女が握手の手を出したと同時に、戸板が吹き飛んで数人のオッサンらが踏み込んできた。立派な甲冑をまとった武士団、だけども全員が全員、眼つきが明らかにオカシイ!
「織田美濃! 覚悟せよ!」
床を踏み抜くほどの勢いで男たち……3人、いや4人、じゃないっ、また増えて5人の敵は、乙音ちゃんに迫った。
織田美濃とは乙音ちゃんの事!
――それでも乙音ちゃんは涼しいカオだ。
それを目の当たりにしたわたしは思わず聞きたくなった。
「お、乙音ちゃん、乙音ちゃんはどうして戦国にッ?!」
――わたしの横に張り付いていた又左が、ゆっくりした動作で直立した。
そのまま「フラリ」と男たちに近付き――、次の瞬間、彼ら全員の首がすっとび、天井に「ごごんっ」ってぶち当たった。
少し遅れて胴体から噴き出した血の塊がいったん天井に吸い付き、「どばどば」と音を立ててわたしたちの頭上に降り注いだ。
「……ここ来た理由、ですか? はい、織田家を盛り立て、繁栄させるためです」
乙音ちゃんの落ち着き払った返答があったが、わたしが放った絶叫で台無しになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昭和63年夏――。
目の前に暗幕がかかり、クラクラと眩暈が起こった後、我に返ると血の雨ではなく、シャワーの水滴が顔面に直撃していた。それはほんの2、3秒間。
――外から激しくドアを叩く音がした。