008 織田御市(1) ナガマサに御市
空想歴史ファンタジー!
(1人称に変わってます)
越前国(現在の福井県)の一乗谷館からここ、近江国(現在の滋賀県)の小谷のお城に戻ったら、清掃のお手伝いさんから苦情をもらった。
ナガマサが奥御殿で腕組みしてジッと動かず、掃除のジャマになってるって話。
ときどき彼はそうして考え事をする。
あのおっきいさん、いったいナニを悩んでんだか。
「……御市か」
「御市か、じゃないっ。こんなところに立ち止まってたら、お手伝いさんたちが掃除できないっての」
「ああ。それは良い事ではなかったな。別の場所に移るとしよう」
わたしを見下ろすナガマサ、――浅井長政はチョー大柄で不愛想キャラ。
あまり感情を表に出さないもんだから、お見合いしろって織田美濃姉さまに命令されて小谷城に来たんだけども、気に入られてんのか、そうでないかちっとも分かんない。
わたしはわたしでもう少し青春を謳歌したいし、急に現代に帰れるかも知れないから形的に婚約ってのはしたものの、そのコト考えちゃったらさぁ。未だカレシカノジョのカンケイからはほど遠い……んだよねぇ。
「別の場所? そりゃキミの勝手。だけどもさ、ナニをそんなに悩んでんの? って話だよ。ちょっと御市お姉さんに教えてみんさいよ?」
「あー……。それはあまり有り難くない」
「有難くない? 有難迷惑って言いたい?」
「あ。……いや。申し出は有難いが、相談するには至らない」
オイオイ。口でそう言いながら目線は天井向いてるぞ? どーすべー? 相談すぺーかぁ? って迷ってんだな?
「んじゃ、もういいよ。わたしから用件を話すよ? えーと、朝倉さんに会いました。んで、足利の御曹司をここにお連れしました。以上」
「なあっ、何だとぉ?! 足利の御曹司ってたら」
「足利義秋。改名して義昭……か。戦国武将ゲームのプレイヤーさん」
ナガマサは目を剥いている。そんなの、どー扱ったらいいんだ? ってクッキリとカオに描いてる。そんなに彼が重要? しょせんゲームプレイヤーのひとりだよ?
わたしはキミのお父さんに相談するのかと聞いた。
「それは良くない。卒倒してしまう。生きないかもしれない」
「それはダメだ。卒倒して死ぬかもしれない――って言ってんだね、そりゃそうか」
いかにもナットクしたよってカオをつくって、ニッコリと彼の胸を叩いてやった。
分かってるんだ、わたしも。
彼の意見は大概通らないんだ。
彼のお父さん、久政さんは、彼をまだまだ子供だと思っている。わたしとの縁談のときもホンットに大変で、わたしが久政さんにアイサツ出来たのはついこないだのコトだったし。わたしここに来て数か月は経ってんのに、だよ?!
「わたしも決めた。これからはわたしとあなたの独断で浅井家を回そう」
「うーん。オレもそうしないコトは無いッ!」
「ちゃんと、『そーする』って言って!」
「そ、そーする!」
「よし、良く言った。ホメてアゲル」
背伸びしても当然届かず。チョイチョイ指で合図してナガマサに跪いてもらった。
それでもようやく、どーにかこーにか、さらに前傾してもらったら彼の頭に手が届く。――で、ヨシヨシする。俯いてる彼の表情は見えない。いや、見ない方がいい。見たら逆にわたしが恥ずか死ぬ。
◆◆
「――で? あなたの悩みは何ですのん?」
「織田美濃がな。上洛の兵を催すから、近江路を先導しろと」
へえ。お姉ちゃんが。
確かに織田は強大だ。動員兵力は1万ほどあるだろね。
一方の浅井家はせいぜい頑張って4千か。
浅井と織田は対等な関係。
そー考えるとタカビな要求ながら、キョヒってたら戦いになるかもしんないなぁ。
「オレらは裏で朝倉と手を結んだ。朝倉は、織田に対してまったく友好でない姿勢を示している。オレたちが織田になびけば、朝倉は孤立する」
それで腕組みして。仁王立ちで懊悩して。丸一日その場から動かなかったんだね。
「わたしに任せて」
「考えがあるのか?」
「まず上杉さんと軍事同盟を結ぶ。そうしておいてから岐阜の美濃姉さまに手紙を書く。堂々とありのままを書くよ」
「――というと?」
「朝倉さんの味方をするから認めろってお願いするんだよ。それでもし姉が攻めてきたら、上杉さんに助けを求めて対抗する」
「……いいのか? オマエは織田の美濃姫を援けたいんだろう?」
「だからこそだよ。いま織田が自儘に暴走すれば東神連合は崩壊する。そしたら今度は織田が孤立無援になっちゃうよ?」
「? ――となると浅井は?」
「だから。浅井としても相応の覚悟が必要だね。一歩間違えば浅井領は上杉か織田の支配地になるから。このへんでウチらの存在感を示しとかないとね」
「ああ。そうだな、覚悟した。ちょうど良い機会というわけだ。御市の言う通り、いつまでも織田の風下にいる必要はないな」
ナガマサは即断即決で返事した。小気味良すぎ。
「だが。上杉とはついこの間、大戦をしたばかりで多くの損害を与えた。お互い恨みが無いわけはない。カンタンに味方になるだろうか?」
「琵琶湖畔の西半分と京都の駐屯を認めたらゼッタイ機嫌直るって」
「それは……大きく出たな」
一瞬ポカンとした長政は、ワハハと大笑した。
「決めた。この際、久政を力づくで隠居させる。浅井家の当主はオレだ。それでいいな、御市?」
「ナガマサが決めたコトは、わたしが決めたコトと同じだよ」
「何でも賛成するのか?」
「意見はするよ。でも一度した決定には従うし全力で協力する」
うむと唸ったナガマサは高みからわたしを眺めている。その目は優しく熱っぽい。――っと。ちょっと待って。いったいキミはいま、何を口にしようとしてるんだい?
「御市」
「う、うん?」
「オレたちは婚約者同士だ」
「……一応ね」
一呼吸置く。
「御市。オレと結婚してくれ」
「……あのさ。さっきも言ったように、わたしがいま一番に考えてるのは織田美濃のコトだよ? 姉の行く末が心配なんだよ。ナガマサはカッコウイイし、素敵だけども。まだそんな気持ちにはなれないな」
「――うむ、承知した! では今後、何度も告白に挑戦する」
わたし、きっぱり断ったつもりだったんだけども……。
苦笑いするしかなかった。




