004 本願寺顕如(1) ハーレム王子
空想歴史ファンタジーラブコメなお話、戦国武将ゲーム!
開幕ですよ。
当時、大坂の地は、広大な伽藍を擁する石山本願寺の本拠になっていた。
北面に淀の大河を背負った上町台地という天然の要害を拠り所にし、水路と陸路の交易拠点としても栄えさせていた。
実際、実力と強運に恵まれた当地の支配者の本願寺顕如は、戦国武将ゲームプレイヤーの中でも優勝候補筆頭に目されていると言えた。
だが。
当の本人はそのことに微塵の関心もなかった。
彼は3ヶ月前、昭和58年の夏に15歳2ヶ月でこの世界に跳び、本願寺顕如でプレイしているが、天下取りの野望に燃えている、すなわち戦国武将ゲームの勝者になろうと願望して参戦しているわけではなかった。
彼は女の子にチヤホヤされたい、その一念で本願寺顕如を選んだ。なぜなら宗教絡みだと無条件で信徒は自分を慕ってくれる。そういう偏見に満ちた邪な、思い違いの発想があったから、だった。
なので門前に木下藤吉郎陽葉とその一党があらわれたと聞いたとき、最初は面倒がって追い返そうとしたが、いちおう双眼鏡で観察した彼女と近づきになりたいと瞬時に変心し、会見してやろうと高慢に言い出した。
「キミもボクの嫁さんになりたいのかい?」
「は? ――わたしはこの大坂の地を譲ってもらいたいなって思って、交渉に来たんです」
顕如の両の脇にズラリと女子が並んでいる。
すべて、熱心な信者の親から差し出された娘たちだった。みな一様に不承不承の表情である。
「譲ってもらいたいって? そりゃ実に勝手なお願いだね」
「勝手……かどうかは知らんですが、それじゃあゲームらしく、何か勝負して決めましょうよ」
「はぁ勝負? 何の? それってボクに利はあるの?」
前田又左と前野将右衛門、そして香宗我部イチゾウが目配せしあって、恭しく顕如にマイクを献納した。
「カラオケだ。最初にそっちの代表が歌って、出した得点をオレらの代表が上回れば、この石山寺の領地をもらう」
「ほーお。それはバカらしいな。戦争はしないんだ?」
「戦争か。そんなことをしたら、本願寺は圧倒的に不利じゃろ。ワシらの軍事力をナメてちゃイカンぞ」
あまりに前野将右衛門が自信ありげに豪語するもので、本願寺顕如はヒヤッとして黙り込んだ。普通に考えれば東神連合だか何だか知らんが、この石山本願寺がカンタンに負けるとは思えない。
史実ではあの織田信長でさえ、10年の月日を要したのである。
「うーん。そーだな。……で、こっちが勝った場合のメリットは?」
「オマエ、相当な女好きなんじゃろ? ――なので、こっちの代表者はこの者じゃ」
ふんわりウエーブの長い赤髪に、白い素足を剥き出しにした超ミニの着物。
マスクのような布で顔を隠していたこの人物は、元尾張国守護、若武衛こと、斯波義銀(※第1部試用期間編ご参照ください)。
衆人の真ん中まで歩み入ると、パフォーマンスのつもりなのか「サッ」と覆いを取り、マイク片手にウインクした。
斯波義銀は平成生まれの女子中学生。れっきとした戦国武将ゲームプレイヤーのひとりだった。
「おおう!」
本願寺顕如、思わず腰を浮かせる。
「このオナゴをカノジョにする権利を与えよう。ついでにこっちのお嬢も」
「ついでって。……いいよ。顕如さんが勝ったら、ふたりでキミのカノジョになったげる」
木下藤吉郎陽葉は斯波義銀にくっつき、ふたりでセットになって本願寺顕如に右腕を突き出し、ハートマークをつくった。
「……そ、そりゃあその条件は悪かぁないが……。負けたら財産没収って、あまりにこっちが損……」
「ならさ。勝ったら紀州の雑賀孫一と、その配下と全領地、鉄砲付きでプラスしたげる。これでどう?」
陽葉が彼の前に投げ寄越したのはまさに雑賀孫一のブロマイド。天使の笑顔を見せて「木下藤吉郎陽葉の良きように従う」と脇に署名している。
「うひゃ」
顕如は聞き取れないくらい小さく、歓喜の叫びを上げた。というのも実は彼は前々から孫一のことも狙っていて、疑うことを知らない無邪気な彼女を、事あるごとに「寺に遊びにおいで」と誘っていたのである。念押しになるが、雑賀孫一は現代では女子小学生だ。
「……アイツ、明らかに変質者の犯罪者だろ? このままにしといていいのか?」
香宗我部イチゾウの耳打ちに前田又左が苦々しくうなだれた。そして「この場で斬って捨てたい」と声を震わせた。「同感だ」とイチゾウが応じた。
ふたりして前に飛び出そうとして年長の前野将右衛門に押し留められた。もっとも謁見の前に武器は取り上げられているのだが。右手をワキワキさせ歯噛みする又左。
「分かった、良かろうさ。その代わり、勝負の仕方には条件がある」
なおも本願寺顕如は慎重な発言をする。
◆◆
本願寺顕如が出した条件は次の通り。
いち、先攻は本願寺側で、気に入る得点になるまで歌わせる事。
に、木下側は本願寺側と同じ曲を歌い、一回限りの挑戦とする。
さん、同点の場合は本願寺側の勝ちとする。
「まったく。随分都合いい条件だね。……まーいいよね、義銀さん?」
「勝手にしなよ。てか、早く歌ってよ。陽が暮れちゃうじゃん」
「それもそーだ。わたしたちも予定があるから、勝負は日暮れまでにさせてよね」
「よおおおし、よかろー! 言ったな、木下陽葉よ! 条件は守ってもらうかんな」
ふりかえった本願寺顕如は、居並ぶ女子たちに檄を飛ばした。
「ボクの可愛いカノジョたち! 張り切って歌ってくれよ!」
と、そこで彼は、初めてある事に気付いた。
「……ちょ、待ってくれ。戦国時代の娘たちにカラオケソングを歌わせるのか?」
「知らないよ。どの子でも歌わせてあげなよ?」
「……ち、チクショーしくじった!」
まず、彼女たちはカラオケが何たるか知らない。当然だ。
「ま、待て。勝負は明日、いや、一週間、いやいや二週間後だ」
「てかアンタさぁ、今日の日暮れまでって約束したじゃん。早く歌わせなよ。あたしここまでの長旅で疲れちゃったし」
「――がっ?!」
顕如は数分間黙り込んだが……やがて気を取り直して自分自身で歌い出した。
「――結構うまいじゃん!」
「黙れッ」
彼は日没ギリギリまで粘って、93点を叩き出した。
「クッ、どうだい? なかなかの点数でビビったろ? 次はお前らの番だぞッ!」
「何でもいいよ。陽葉さん、あたしが歌っていいよね?」
「ウン。お願い」
5分後、表示された得点結果に激怒した本願寺顕如が「インチキだ」と叫び、武装兵を呼び集め、それを予期していた木下陽葉がプレイヤーカードで外部につないだ。
すぐさま地震かと思うほどの揺れと衝撃音がした。
「上さま! 雑賀孫一の一党が大挙し、寺内に向かって一斉射撃を仕掛けております」
「なんだと?!」
顕如、声をひっくり返して「コイツら全員人質だ!」とわめく。
「この3か月間、それなりに楽しい思いしただろう。もう諦めろ」
取り付こうと囲みを狭める武装僧兵らに、殴る蹴るの痛打を喰らわせる又左。
「わたしらを殺したら外にいる雑賀孫一ともう一隊、織田信長隊が九鬼水軍を伴って乱入するよ」
「織田……信長?!」
坂本龍馬と言わず、あえて織田信長と名を出した。本願寺顕如の恐怖をあおるためである。
現に織田家所属の九鬼水軍は、大坂内海から淀川水路を遡り、寺領北面に兵を展開しつつあった。
一部部隊はすでに本願寺側の出城と交戦状態に陥っているが、ここ数か月、指揮力が極端に低下していた寺側は、組織だった防戦がほとんど出来ないでいる。
「ギャーギャー騒ぐな、オンナども! 今こそ門主のために命を張れい!」
大声を張り上げる顕如に、
「バッカやろう! 今こそ命を張るのはオトコのオマエだ! それでもオメエ、この子らのカレシかよッ!」
前野将右衛門の荒げた説教に、本願寺顕如が「ひえっ」と縮こまった。