003 木下藤吉郎陽葉(2) 幕末のプレイヤー
空想歴史ファンタジー!
ザンバラ頭の男は、胸の高さまで剣を持ち上げたのち、ゆっくりと手前に引き戻した。
向けられた銃にひるむ様子は無い。
あと数歩踏み込めば陽葉の喉元にまで届くキョリに、ジリ……ジリ……と詰めている。
「あなた、戦国武将ゲームのプレイヤーなの? なんでプレイヤー仲間を殺して回ってるの?」
「質問するだけムダだ。それ以上近付くな」
「お嬢。コイツぁキケンだ」
羽交い絞めする勢いで止める前田又左と前野将右衛門を振り切って、木下藤吉郎陽葉がさらに詰問する。
「教えてよ。あなたの目的はなんなのよ」
「お嬢。コイツは剣豪、宮本武蔵に成り代わった岡田以蔵という男じゃ! 以前、信長の殿が言っとった。『くれぐれも気をつけろ』と」
「おかだ……いぞう……さん?」
たまりかねた前田又左が、陽葉の壁になるように前に出た。
香宗我部イチゾウも不慣れながら秘蔵の拳銃を構え、彼女の護りに入る。
「岡田以蔵……。そうじゃ、ワシぁ以蔵じゃあ」
「以蔵さん! あなたどーして戦国時代に跳んでまで人殺しなんてしてんのよ!」
以蔵に返事は無く、代わりに鋭い突きを放った。
予測していた又左の剣が、鋭くそれを跳ね上げた。
前野将右衛門の銃も放たれ、高々と上がった以蔵の右手をかすめた。
以蔵は衝撃で落としてしまった剣を拾い上げ、数歩後退する。
「逃げないで! 色々教えて欲しいのよ!」
聞く耳の無い以蔵は再び、今度は陽葉たちが向かおうとしている大坂方面へ遁走した。
◆◆
木下陽葉一行は高野街道を南下、高野山に至る参詣道の端緒となる橋本という村落に辿り着き、そこの木賃宿で織田信長こと坂本龍馬と合流した。
「岡田、以蔵……か」
龍馬は、手ずから注いだお猪口の酒をグイ飲みした。ちなみに彼は下戸である。
「殿。明日は雑賀の庄を訪ねます。御自重を」
又左が言うと龍馬は「わかっちょる」とまたお猪口を満たした。それを取り上げ飲み干したのは前野将右衛門。
「何をする」
「何をする、じゃないですッ。あの以蔵って人は幕末で『人斬り以蔵』って呼ばれてたんですよね? なんでそんな人がこの時代に跳んで来てんですかッ?!」
前野将右衛門が言おうとしたセリフを陽葉が盗った。
龍馬はフンと背中を向き、板敷の床に横になった。近くで胡坐をかいていた野武士風の男が鬱陶しそうにジロ見する。
「ヤツは多分、幕末に帰りたいんじゃ。帰るために必死になっとるんじゃろう」
「――龍馬さん。知ってたら教えてください。岡田以蔵はなぜ、相手が戦国武将ゲームのプレイヤーだと判ったんでしょう? 明らかにカードの所持者だと知って襲い掛かっているようでした」
龍馬は問うた香宗我部イチゾウを一瞥した。
「知らんな。想像もつかん」
イチゾウ、冷ややかな顔つきで龍馬の前にカードを置いた。
「コレ。岡田以蔵が落としていった戦国武将ゲームのプレイヤーカードです」
「な、なんじゃと?!」
「試す言い方をして済みません。オレ、このカードの中味を見てしまいました。……龍馬さん、アンタ、以蔵にプレイヤーの情報を提供してましたね?」
「……」
「プレイヤーの名前と、ご丁寧に顔写真のデータまで送りつけられている。送り主は龍馬さん、アンタだ。アンタが以蔵に人殺しを指示してたんですか?」
無言だが、責められた龍馬の額に深く皺が寄っている。
前野将右衛門の右手に銃が握られた。又左も刀の柄に手がかかっている。
「まぁ待っちょりや。それは早合点じゃ。直接情報を提供したのはワシじゃが、データの出どころは知らん」
渋々と言った顔つきで龍馬が説明する。
「ゲームプレイヤーの情報が洩れているのは前から知っちょった。ワシはそれをヤツに横流ししたに過ぎん」
「だから。なんでそんなコトを」
「言ったじゃろう、ヤツぁ幕末に帰りたいんじゃ。帰る方法を知っとるヤツを自分で探せと」
「――で、以蔵はプレイヤーを片っ端から当たった……。でもなんで殺そうとするんだ?」
「そんなん知らんわ!」
声を荒げた龍馬をジロリと睨んだ男は、逆に彼に睨み返され、オドオドと寝場所を移動した。
「――龍馬さんは、今回交渉する相手がプレイヤーかそうでないかは知っていたってコトになりますよね?」
イチゾウの問いに龍馬は、
「無論じゃ。ガチの戦国人に会ったところで開明的な交渉ができる可能性は低いじゃろ? ワシぁ、以蔵と違って、入手したデータは有意義に使う主義じゃ」
もっともらしく聞こえるがの。と前野将右衛門が疑り深げにつぶやいた。うんうんと同意する一同。
「その漏れてる情報ってのを教えてくださいよ。わたし、殿とタイトーの関係になりたいです」
「まだ殿と呼んでくれるのか?」
「えーとじゃあヤメます。これからは龍馬さんと呼びます」
「殿で構わんのに」
◆◆◆
雑賀の庄での商談は期待通りに行かず、半分の成果に終わった。
頭領の鈴木孫一なる人物が実際、戦国武将ゲームのプレイヤーで、実は年端のいかない少女だったという事実はともかくとして、坂本龍馬や木下陽葉が望んだ【鉄砲の大量買い付け】は予定以下の結果だった。
孫一が言うには鉄砲の数に対して、火薬の材料が足りないと言う。
「鉄砲自体は何丁準備できるの?」
「ざっと3万丁。集められるだけ集めたもん」
まるで野武士の恰好をしているが、陽の当たり具合によって紫に輝く長髪を有し、日本人離れしたモデル体型をした少女は、年相応の幼いしゃべり方で自慢した。
陽葉たちは雑賀衆と近隣に跋扈する根来衆にも話をつけ、軍事と貿易の専属契約を結んだ。
「本願寺顕如から大坂の地を盗りたいんだ。彼もプレイヤーなんだけど」
「歴史じゃ雑賀って本願寺の味方をするからのう」
「本願寺? 別にこだわらないよー? だって鉄砲で遊んでるだけで楽しいもん。一緒に戦ってくれる人だったら誰でもいいし」
堺の豪商、津田宗及に急ぎ連絡を取った陽葉は火薬の調達ルート開拓を依頼。他方、織田美濃にも南紀情報を流し、共同事業を持ち掛けた。
「火薬以外に問題がもう一つ。カンジンの狙撃手がいない」
現代の拳銃と異なり、当時の火縄式の銃は弾丸の装填や火筒の扱いが難しい。
そこで徳川擁する謹厳実直な三河武士たちと、新し物好きの織田尾張武士たちを競わせつつ訓練させることにした。
自然、徳川家康と織田美濃は互いに火砲武力の強化を優先課題と考えるようになった。




