002 木下藤吉郎陽葉(1) 奈良路の刺客
架空歴史ファンタジーラブコメ、開始ッ!
永禄元年(1558年)9月――。
大和、河内の夏はゆっくりと去りつつある。
深緑に混じり、薄灰や緑黄色の木々の葉は、天然の蓋を形成して陽光を遮るばかりか早々と落葉になった仲間とも語り合い、時折り通り過ぎる風にもじんわりとした湿気をもたらせている。
大和国(奈良県生駒郡平群)を経て、河内国(大阪府八尾市神立)へ至るにはここ、十三峠を越えて行かなければならない。
その曲がりくねった山道を、4人の行商人風情が隊列を組んで進んでいる。
ようやく登坂が終わりかけたとき、前からサムライがやって来た。
独りである。
やり過ごすには十分な道幅があったが、サムライはわざわざ道を譲るように右に寄る。小柄だが筋骨が太い印象のサムライは、近付くにつれ大股速足になって行商人たちとすれ違った。
刹那。
抜刀したサムライに、行商人の最後尾が居合斬りを繰り出したのはほぼ同時だった。
空を切ったと覚ったサムライ側は2撃目を放つことなく、振り返ることもせず、そのまま大和の里の方へ走り去った。
「ナニモノだ、アイツ……」
応戦した行商人が声を震わせた。彼の袖がぱっくりと裂けている。あと数センチずれていたら腕一本取られていたに違いない。
行商人一行はサムライの去った背を気にしながらも先を急いだ。
「あれ! バイク!」
叫んだのは先頭から2番目にいた女。
散らばった男らは山の斜面に激突し横転した2台のオフロードバイクを発見、あらためて周辺を捜索した。
一行のうち、一番大柄で年上の男が、女を通せんぼする。
「近付くな。すでに両名死んでいる」
死体は2つ。
肩から胸までを両断されたものと、もうひとつは首無し胴体。泣き別れた首は数メートル離れたところであおむけに転がっていた。
「……カードだ」
袈裟斬りされた方の口に、カードが咥えさせられていた。
「……間違いない。これは戦国武将ゲームのカード。――ホンモノじゃ」
◆◆
「落ち着いたか、お嬢」
「アリガト。もうだいじょうぶ」
白の頭巾を脱いだ木下藤吉郎陽葉は、眼下の河内平野を眺めながら、水筒の水をあおって軽くむせ、深い息を吐いた。
礼を言われた前野将右衛門は「情けないのう」とからから笑い飛ばした後、眉を引き締めた。
「戦国武将ゲームのプレイヤーが襲われたのは明らかだの」
「カードの持ち主は狩野何某。足利将軍家の家臣みたいだ。従者とふたりで山越えしていて襲われたんだと思う」
カードを確認しつつ報告したのは列の3番目を歩いていた香宗我部イチゾウ。
「これで、オレらが把握しているだけでもカード保持者が殺されたのは3人目。美濃、尾張、大和」
「にしても解せない。カードが狙いなら持ち去っているだろうし」
先程斬り合いを演じた少年が首をひねる。前田又左衛門だ。
殺害された者たちのカード3枚はすべて木下家が引き取っている。
「目的は分からんが、少なくとも下手人は相手が戦国武将ゲームのプレイヤーだと知りつつ犯行に及んだ可能性が高い。ソヤツの素性をさらに調べる必要があるのう」
陽葉の表情がさらに険しくなった。
「ここらで小休止しようよ」
うなづいた男ら3人は黙り込んだ。
「ねぇ」
「……なんじゃ」
「あの、『シイーッ。シイーッ』って鳴いてる鳥はなんて名前? スズメ……じゃないよね?」
前野将右衛門は、少し頬を緩ませ答えた。
「――橙色の腹をした鳥な? 恐らくヤマガラじゃなぁ」
「へえぇ。可愛い名前の鳥だねぇ」
水筒をチャプチャプ振る陽葉。
「そうだ陽葉、伊勢物語って知ってるか?」
「伊勢……物語?」
「ああ。この麓の村に伝わる昔話でな、在原業平って女好きのオッサンの話なんだが」
珍しく又左が語り始めた。
一瞬、前野将右衛門を見た陽葉は、又左の前に座り直した。
「ヘンタイエロおじさんの話? 聞かせて?」
「なんでいま、ワシをチラ見した?」
「いいから。へこんだ陽葉を慰めてんだろさ」
そう言うイチゾウも不快げにだが、話の腰を折ろうとする前野将右衛門をなだめた。
「生駒山の麓に神立茶屋辻って茶屋街があるんだが、そこの女に色目を使ったオヤジが居たんだそうだ。そいつが業平だ」
「へぇ。その娘、可愛かったのかな?」
「娘も美しかったろうが、そのオジサマも相当イロオトコだったようじゃぞ? なんでも六歌仙とか、歌詠みの天才で、ちまたの女子たちはオジサマの魅力にメロメロだったそうな」
「……いやいや。ただの口先の巧いエロ親父だろ?」
「黙れ、若造」
前野将右衛門と又左が珍しく睨み合った。
「――でどうなったの?」
「ところがだ。散々娘をもてあそんだエロ親父はある時、その娘の家の窓がすこうし開いているのに気付き、こっそりと中を覗いた」
「……それって、ただのノゾキ魔じゃねーか!」
「いや、娘のかぐわしい気配を感じて目が行っただけの事。不可抗力というものじゃ。変質者と一緒にするでない」
「でもノゾキだろ?」
今度はツッコミを入れたイチゾウと前野将右衛門が睨み合った。
「そしたらその娘、おひつの飯を自分でよそって食べていた。はしたなさに愕然とした変態オヤジはその娘に愛想を尽かせて捨てたって話さ」
「ん? ゴハンを自分でよそっちゃダメなの? それって、はしたないの? よく分かんないな」
「ワシの聞いた話だとその娘はなんとしゃもじで大飯を食っていたとの事だったが……」
ふたり、陽葉が堂々と握り飯を頬張りだしたのを見て息を呑んだ。
「な、何? わたし、なんかヘンなコトしてる?」
イチゾウがふたりの心情を察して陽葉の肩に手を置いた。
「その歌詠みのオヤジも、陽葉の魅力には敵わなかったって話さ」
「んー? なんかわたし、バカにされてる? それとも――」
前野将右衛門が、すばやく懐の銃を引き出して後方の森に向けて発砲した。
間をあけずに、数歩踏み出した又左が抜いた刀を横に払った。
手応え無し。
逆に又左の髪の毛すれすれに切っ先を突き付けたのは先刻のサムライだった。
陽葉とイチゾウもすでに自前の拳銃を構えて彼に狙いをつけている。
「不意打ちはお主の流儀と大目に見るが、せめて名前を名乗れ。最低限の礼儀ぞ」
前野将右衛門の誰何にサムライは即座に刀を収めた。分が悪いと判断したのだ。
「それがし。宮本村のタケゾー」
「タケゾー……だと?」
前野将右衛門、カオをしかめる。サムライに興味を示す陽葉に、
「……お嬢。コイツは相手にせん方がいい」
「……あなた殺人鬼なの?」
「殺人……とは?」
カオを上げたサムライ。
額と頬に新旧の刀傷が刻まれていた。ザンバラ頭で無精ひげの男は、目を細めている。
その目を見た途端、陽葉の足が石のように動かなくなった。
「お嬢、よせ。相手が悪い。コイツは……」




