001 織田美濃(1) 揺らぐ東方
第3部スタートです。
岐阜城、下屋敷。
月例の評定(織田家では経営戦略会議と称している)に集まった重臣たちにむかって、首座の織田美濃が怒鳴り声を上げていた。
「なあっ?! 浅井長政が東神連合を脱退したですって?!」
「――は。これが通告状です」
「読み上げて!」
「えー……。『情勢の読めないおバカな朝倉さんがカワイソウなので、そっちの味方をします。上杉さんには了承もらいました。代筆、織田市』」
丹羽五郎左は読み上げると美濃を窺い見た。眉がヒクヒク、目が白黒の状態だった。
織田市は織田家中において、御市さまと呼ばれて家老から下士、民草にいたるまで広く敬愛されている。織田美濃のれっきとした妹である。
「あ、アニサマは? アニサマはどこなん?!」
「は。弾正忠さまは……」
と言いかけて止める。当人は現在、妹の美濃が方々手を尽くして斡旋した官職をすべて辞し、無位無官となっていた。
とっさに、
「えーと、お館さまは雑賀の庄に向かわれました」
厳密にはお館さまでもない。いまの織田家当主は名実ともに織田美濃なのだから。
「あの風来坊たちはぁ、いつも肝心な時にィ……」
家老たちの面前でつい悪口が出た。
織田美濃からすれば、兄の信長は行方知らず、妹の御市は裏切者となる。
「恐れながら」
「……なに? まだ何かあるの?」
「手紙の続きが少しだけ……。しかしながら、大した内容ではなく――」
「読んで」
「……は。『ところで東神連合ってネーミングセンスは痛すぎるよ?』――以上です」
「知らんわッ!」
東神連合――とは、上杉、北条、木下、徳川と、4氏に従属した神保、武田、里見、今川、そしてそこに織田(併合した斎藤、北畠)と浅井を加えた、東日本の大部分をおさえた広域連合体の総称だった。
名付け親は、木下藤吉郎陽葉。織田美濃のせいではない。
初集会後の打ち上げの席で、前夜に見たヤンキー映画かなにかでテキトーつけたんだと木下陽葉がこっそり暴露していた。
「――すぐに徳川と木下センパイに連絡を取るわ」
「は、ははっ」
戦国武将ゲームカードを操作し始める。お互いに許可し登録し合えば、カード同士の音声通話やメッセージ通信が可能だった。
参集していた家臣たちのほとんどは大広間から居なくなった。残ったのは美濃に呼び止められた柴田権六勝家、丹羽五郎長秀、そして明智十兵衛光秀の3人のみ。
このうち明智光秀は、織田美濃と同じく戦国武将ゲームのプレイヤーである。
「――徳川三河守はすぐこっちに来るって」
「木下どのは?」
美濃はドン! と床板を踏み鳴らした。
「木下センパイは、いまは大和の国にいるそうで、すぐには来れないって」
明智が考える風に首をかしげた。
「大和国……近江路を通っていないという事は、すでに浅井の離反を知っているということになりますね?」
「京を目指しているのならね」
「……どういうことですか?」
「京摂津方面はいまごろ三好や松永が幅を利かせているはずよ。わざわざ危険を冒してまで入京するとは思えないわ」
「――ということは、木下どのの行き先は」
「そうよ。きっとアニサマと同じ、雑賀の庄よ」
◆◆◆
――それから2日後、琵琶湖東、関ケ原近郊で浅井軍と織田軍間で衝突があった。
軍勢を入京させたい織田軍先遣、丹羽五郎長秀の隊に対して、浅井長政が街道封鎖を敢行。
押し通ろうとした織田軍を力づくで撃退し、岐阜に追い返した騒動だった。
このことにより、織田と浅井の関係がさらに悪化。
折しも前将軍足利義輝の実弟、覚慶こと足利義秋(改名前)が朝倉家を出奔。一時行方不明となったが、ほどなくして浅井家の居城、小谷城にいるのではないかと噂が立った。
「義秋を織田に寄越しなさい」
「所在は当人の意思で決める事」
という問答が繰り返された。
一方で織田美濃は、浅井の独立を赦した上杉謙信を責め、浅井および朝倉への制裁を強く求めた。
「べつに浅井は我らに逆らうつもりは無いのだ。それに京は上杉がお守りしているので心配なさるな」
浅井と軍事、経済上の連携を継続している上杉は、両国間を貫く北國街道の整備を果たし、さらに日本海沿岸を経由しての輸送経路も確立し、上杉、朝倉、浅井による北國一路共栄圏を作り上げていた。
京へも自在に軍隊を送り込み、御所の警固や市街の警らに励み、不敬の輩など一切入り込めないほど治安は安定していた。
そう言う理由から、いまさら織田の協力は必要とせず、彼女の弁をまともに採りあおうとしなかったのである。
東神連合が結成されてわずか2ヶ月、木下陽葉が築いた合衆軍体制が既に大きく揺らいでいる。
◆◆◆
「それは京にこだわるからイラつくんだよ、織田美濃さま」
『それはって……どーゆーイミですかッ?! 陽葉センパイッ』
「わたしらは戦国時代の人じゃないんだよ?」
『だっ、だからっ。それがなんなんですかっ?!』
通話しているカードの向こうの美濃は、明らかにイラ立って拗ねている。
目を細めた陽葉の口から出たのは、敬意を込めた【美濃さま】ではなく、美濃の本来の名前。
「乙音ちゃん(※織田美濃の事)。将来大都市になる街は日本中にあるから」
『大都市……』
「京だけじゃなくって、大坂、那古野、江戸……他にもいろいろね」
木下陽葉の目が光った。
「でもね。大坂はわたしが取っちゃうね」
『なッ』
「乙音ちゃんには那古野をアゲル。いちにちでも早く街を発展させてね。西日本のプレイヤーたちは待ってくれないよ?」
織田美濃の後ろで罵声をあげる男がいた。
「あー、その声は柴田権六さん? その元気、乙音ちゃんのために存分に使ってあげてくださいね」
『なんだとクソガキ、w/5nk4xji]tZw』
一方的に通話を切った陽葉は、滴る額の汗をぬぐった。
「さあて。行きますか」




