22幕 幕末艦対戦前艦
歴史ファンタジーラブコメ、今回もはじまりぃ。
荒天のために射角が定まらず、織田水軍九鬼艦隊は徳川軍への砲撃を一時中断した。
雨は激しさを増すばかりだった。
視界もすこぶる悪い。
やむなく【後方からの援護】作戦を取りやめ、乗組員の半数を陸揚げして徳川の側面を衝く事にする。だが乗船していた織田弾正忠信長こと坂本龍馬は、この方針転換に反対した。
「雨はじきに止む。待てばよい。止めば再度砲撃を始めるんじゃ。徳川の退路を断てば、黙っていても勝ちが転がり込むじゃろが」
「そう言われてもな。いまの上司は織田美濃の嬢ちゃんだ。こりゃ命令だろーが」
新参者の九鬼嘉隆は織田の総領に気を遣っている。当然だ。織田信長は織田家の総領ではない。自らその座を蹴っている。
「単刀直入に言うぞ。アンタはただの浪人なんだよ。浪人風情がとやかく意見すんじゃねーよ」
乗船させてもらっているだけでも有難いと思え。
言下にそういうニュアンスがこもっている。信長こと龍馬はアタマをかいた。
「思うようにいかんにゃあ」
龍馬は、九鬼嘉隆のがっしりとした硬い胸板を小突いた。
「のう九鬼よ。弾が届かんからしゃーなく陸に付けたがの、そろそろ敵さんがお出ましになる頃なんじゃ」
「――おう? 敵さん?」
「敵さん、じゃ。江戸湾でトドメを刺さんからツケが回ってしもたんじゃ」
北条と里見の連合艦隊だ、と龍馬が告白する。説得の失敗を明かした。それならと艦艇へ破壊を目論んだが結局阻止されて、命からがら関東から退散している。
「だが、たかが知れてる。こっちは黒船だぞ? 早船だろうと安宅船だろうと、所詮は旧時代の代物だ。取り付かれさえしなきゃ、どーとでもならあ」
「ウン……じゃな」
「なんだよ。まだ心配事があるってんのかよ」
「いや……というワケでもないがの。何かとんでもない事を仕出かしそうなオナゴじゃからの、あの、木下藤吉郎陽葉は」
まるで龍馬の発言が予言だったかのようにすぐそばで轟音がし、船体が激しく揺れた。
「なっ何だ?! この衝撃は?!」
甲板に飛び出したふたりは「ワッ!」と異口同音に叫んだ。
◆◆
『木下藤吉郎陽葉どのッ!』
戦国武将ゲームカードを使って陽葉に通話を求めた徳川家康が珍しく気色ばっている。
「あー。武田兄の手配、間に合ったみたいだね」
自転車を止め、熱田湊の方に目を凝らす陽葉。
雨のせいで見えないが、異常な音はハッキリと聞こえた。
『――間に合った、とは? どーゆーコトでするか?!』
「武田の遺臣たちを昭和に連れ帰って操船技術を学ばせてたんだよ。彼ら、武田晴信(信玄)に心酔してたからねぇ」
武田弟、武田信繁の呼び掛けで集まった旧武田遺臣たちは、戦国時代には不治の病だった信玄を現代医学で救いたいと団結。こぞって昭和に跳び、引き換え条件の特訓に明け暮れたという。
「習熟まで2ヶ月はかかると思ったんだけど、1ヶ月で戻ってきたんだね」
『し、しかし。そのための資金や、そもそもツテはあったんでするか』
「いやぁ。武田の埋蔵金ってホントにあったんだねぇ。お金さえあれば、後はどーとでもなるよ。武田兄弟にその辺は丸投げしたんだ」
『な……』
通話越しに家康の吐息が伝わった。
彼女は事が成功した事実よりも、人を見て全幅の信頼ができる木下藤吉郎陽葉の豪胆さに驚き、感心したのである。
『――で、あの巨大建造物は……!』
恐らく家康は愛用の双眼鏡か何かで熱田湊を遠望しているのだろう。とてつもない陰影が水上に浮かんでいて、その光景に言葉が出ない様子だった。彼女の背後では水野雪霜と今川氏真のうわずった喚きも聞こえる。
「あれは戦艦。――戦艦長門。米軍からかっぱらった物だよ。まさかここまで上手く行くとはね」
『長門! 戦艦長門、でするか――』
でも、と陽葉は説明を続けた。
「でもね、あれは完全にガラクタなんだよ。ここまで引っ張って来れたのも奇跡。艦本式蒸気タービン、主砲4基に加え単装砲も多数装備。太平洋戦争時、帝国海軍連合艦隊主軸を担った巨艦……、けども米軍の猛攻撃を喰らって改修修理ままならず、ただのコケ脅しに利用するのが精一杯」
だから黒船に体当たりさせたんだよ。
そう言い、バツが悪そうに陽葉がアタマをかいた。
かたわらの香宗我部イチゾーと前田又左は、そんな陽葉の苦笑いに呆れるどころか、眩し気に眺め見た。それは紛れもなく羨望の眼差しだった。
「……スゲーな、コイツ」
「藤吉郎をコイツ呼ばわりするな」
「オマエこそ馴れ馴れしく呼び捨てすんな」
「黙れ、ガキ」
「なんだとコラ」
通話を終え、ふたりを振り見る陽葉。
「行くよ」
「どこに?」
「だから熱田の敵船だよ。トドメ刺さなきゃ」
ふたりは「ヨッシャ!」と勢いづいた。
その声はピタリと揃っていた。
進みが悪くイラついてます。
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