12歩 「真名」
織田の殿を知ってるか。
んなコト言われても、なぁ……。
わたし、歴史は大好きだ。
でも決して得意なわけではない。むしろ、成績はパッとしたもんじゃない。
織田の殿――と言えば、織田信長のコト……かな? それしか知らないデース。
「上総介さまだ、どうだ?」
その呼び名はなんとなく知ってる。
「信長のこと、かなぁ?」
とたんに頭頂部をグーでたたかれた! え、ウソでしょ?! 女の子に?
てかわたし、小屋からずっとヘルメットを被らされてるからゼンゼン平気なんだが、でもいい気はしないよ!
「オマエ! 無礼はなはだしいぞ!」
謝られるどころか、反対に怒られた。
「なんで?! まちがいだった?」
「真名を呼ぶのは失礼だ。……ってのも知らないんだったか?」
「じゃさ、わたし維蝶乙音ちゃんをさっきっから、維蝶さんとか乙音ちゃんって真名で呼んじゃってるよ? それはいいの?」
「美濃さま(=乙音ちゃんの事)がそう呼べと言われているのだから、それはそれでいい」
「……なんだよ、ったく」
ズレたヘルメットを脱ぎ、
「ねえコレ、重いよ。被っとかきゃダメなの?」
「それは美濃さまが槍衆らにお与えくださった【テッパチ】という新式のカブトだ。まったく畏れ多いヤツ」
――テッパチ? ……って、なんだソレ? ヘンテコな名前。
「……んじゃ、これは? このごっついベスト」
テッパチなどというヘルメットと同様に、中学の制服の上に着込まされているのは厚手の防具。かなり丈夫そうだ。けどもさ、かなり重いのよ、やっぱり。てか制服に防具ってアンマッチ甚だしいよね?
「美濃さまが揃えられたヨロイ、【ボウダンベスト】だ。渡したときに説明しただろ。黙って着てろ」
【防弾ベスト】ってはっきり言っちゃってるし。だからさー、きみら自衛隊なの?!
やっぱここ戦国時代じゃないのっ?
ま、でも、別に文句つけたかったわけじゃないから。なんとなくイジワルな気持ちになっただけだから。たぶん美濃さま、あ、いや、旧知の維蝶乙音ちゃんに冷たくされた……からだと思う。
愚かでイヤな女。……ごめんなさい。これだから、わたし、……ブツブツブツ……。
――けどさ、だいたい姫さまがなんで戦場にいるのよ?
それっておかしくナイデスカ?
「美濃さまは織田弾正忠家の芯柱となっておられるお方だ」
やっぱおかしいでしょ、ノブナガさんはどーした、ノブナガさんは?
「……藤吉郎、おまえが美濃さまに会いたいと言い出したのを忘れるな」
分かってんよ。
それにもう、薄々どころか、きっと、恐らく。わたしは、過去に――戦国時代に、タイムスリップしちゃったんだって、自覚が芽生え始めたんだろうね。てか、そう信じたいって思っちゃってるんだよね。
だからこそ、そばに付いててくれるアンタに頼るしか無いんだよ。そう主張したい!
どうかお願い。あなたが【ホンモノ】の又左であって下さいな。
などと念じ、彼を凝視した。
――と、アレ?
天井からケムリが出てない?
「又左あ、なんかさ、上からモクモクって……変なのが漏れてない?」
チラと目を遣った彼、
「ああ、付け火されたんだろ、敵に」
突っ立ったまま、平然と。……付け火ですと?