21幕 那古野戦線、動く
ファンタジーな歴史もの、今回もはじまり。
艦砲射撃は熱田湊に投錨された黒船から放たれていた。
徳川の陣営は未知の攻撃に混乱した。
「主どの! ここは一時退却を」
主どのとは徳川家康の事。本多忠勝が無遠慮に彼女を抱え上げた。
「狼狽えるな。あんなはただの脅し。しょせん旧式の大砲でする。恐ろしく精度は低いし射程距離も知れてまする。それよりも前面の織田軍に対処せよ、でする。ほら――」
今だ! とばかりに織田軍先鋭が動いた。
数を頼んだ攻勢を仕掛け、鉄壁の重層柵をムリヤリ押し倒し突進する。
「徳川は小勢だ。恐れずに立ち向かい、ことごとく踏みつぶせい!」
織田美濃に代わり、明智十兵衛光秀が先陣どもの指揮を執り、自らも先頭に加わる。
織田軍が水上の九鬼艦隊と示し合わせて始まった戦いでは無かった。大将の織田美濃が不意の砲撃に背中を衝かれて突撃を命じた乱戦に過ぎない。
行きがかり上、織田各隊の足並みに多少の乱れが生じていた。更に追い討ちをかけるように雨天の悪路で戦場はぬかるんでいる。
「ヨチヨチ歩きの織田軍でする。三河武士の底力を見せつけてやるのでする」
「オーッ!」
家康の檄に各隊発奮し、地形を活かした攻守体勢を展開。4倍を有する織田の大軍に対し、一歩も引かない奮闘を見せた。
「右翼は前に出過ぎだ! 左翼、側面に回れ! 種子島を押し出して前衛を撃ち崩せ!」
織田方、明智の下知も熱を帯びる。
彼としてもここで負けるわけにはいかない。攻撃を強行させた張本人であるからだ。主君織田美濃に言い訳が立たない。
同刻、那古野城へも出撃の命を下した本陣の織田美濃は、床几に落ち着いて居られず、前線に出ようとした。
「むやみに動いてはなりませぬ」
「明智の戦いがもっさいねん! わたしが自分で指揮を執るッ、馬を引いて!」
「危のうございます! まだ熱田からの砲撃も続いています。万が一の事があれば一同無念でなりませんぞ!」
丹羽長秀と佐久間信盛が口を揃えて引き留める。
「愚図って敗北する方がよっぽど無念やと思うで?!」
「姫ッ!」
「心配いらん。わたしの目標は木下藤吉郎陽葉。センパイのカードさえ奪えれば、もうそれでええんや。――選りすぐり5人ばかり集めて! 少数で当たる。本陣は任せるで」
◆◆
「決め手が無いな」
武器を槍に持ち替えた前田又左が戦況を悲観した。
木下隊は左翼の一端を受け持っているが、同胞の井伊次郎法師直虎隊500とともに、群がる織田兵の押し留めに四苦八苦している。
「このまま戦いが推移すれば数の上で不利な徳川軍は力尽きる」
「大砲攻撃も鬱陶しいな。アレを何とかしなきゃ指揮も上がんねぇよ」
明らかに砲撃は左翼に集中している。
「そうだな。イチゾー、オマエ行って来い」
「ああ? 行って来いって、独りでどーにかなるかよ! つーか何でオレなんだよ!」
「仕方ないヤツだ。オレもついてってやる」
イチゾー、頬をひくつかせて嘆息した。
「嵌められた。又左の独り言に相づち打ったのが失敗だった」
一時止み間を見せていた雨がまた降り出した。
銃や砲の音が途絶えた。
「これで行かなくても済んだな」
イチゾーが安堵すると、木下陽葉が彼の頭をはたいた。
「出発するよ。黒船は港に係留されてんの。潰すチャンスでしょう?」
「はぁ?! マジか?! って、オマエも行くのか?」
「当然よ。どうやって船に近付くってのよ。コインシャワー利用しろって又左は言ってんのよ。ニブちん!」
「井伊どの、ご来着」
井伊直虎が泥だらけの姿で現れ、陽葉の前に跪いた。泥濘の中を走って来たのだ。
この者、名前に虎がついているが、陽葉と同じ10代半ばの少女である。足軽並みの軽装で兜もつけていない。彼女も戦国武将ゲームのプレイヤーだった。
「陽葉っち! 後はわたしに任せて。ご武運を祈ります」
「直虎ちゃん、わたしの不在は小六で埋めるから大いにこき使ってね」
「お嬢、井伊どのといつの間に知り合いに?」
「前からだよ。だからわざわざ家康ちゃんに頼んでお隣に配陣してもらったんだよ」
俄か編成の雨合羽隊3人(陽葉、又左、イチゾー)は、地図を囲み凝視する。
いったん昭和に戻り、旧地図と照らし合わせて熱田湊に直接乗り込む算段であった。
「あと何分で時間切れになるんだったっけ?」
「10分だ」
近付く雲の切れ間を仰ぎ問いを重ねる。
「イチゾー、軽トラはどこに置いてたっけ?」
「1号車は大阪の天王寺、2号車は名古屋駅のコインパーキングだな」
「使うのは2号車か。じゃあ自転車で少しでも近くに行ってよう」
悪天候を衝き、3者の自転車は那古野の戦場に紛れた。
週末無理くり更新です。
良かったらブクマ、評価、いいね、感想、要望などで応援ください。
最後までお付き合い頂き、有難うございました。