17幕 那古野陣中
空想歴史ファンタジー、今回も始まりはじまりぃ!
少し時をさかのぼる。
岐阜に報せが届き、織田美濃が徳川軍に攻められた那古野城の救援に向かったのは、琵琶湖畔で柴田勝家・浅井長政合衆軍が堅田の上杉軍と干戈を交えた、まさに同日である。
徳川の尾張侵犯を赦したのは浅井の動向を見定めるのに時間を要したためだ。浅井家当主、浅井長政が示した織田に対する協力姿勢に安堵した美濃は、妹御市の尽力にも感謝し、二人宛てにわざわざ直筆の手紙をしたためている。
美濃の着到前に丹羽(五郎左衛門尉)長秀と佐久間(右衛門尉)信盛両名が事態を察知、攻囲行動中の徳川軍8千に挑み掛かり、戦線が膠着した。那古野城はひとまず落城の危機を免れている。
「有難う、佐久間さん、丹羽さん」
「もったいなき御言葉」
――織田美濃の見据える先に、徳川軍の旗幟がはためいている。その中に木下勢のものと見られる瓢箪旗がひらめいているのを彼女は見逃さなかった。
◆◆
「――お嬢ヨォ、東海道の整備に莫大な費用が掛かってるぜ? どーすんだ?」
那古野城攻略の陣中、本陣にて蜂須賀党の頭領、小六が木下藤吉郎陽葉に噛みついている。彼は当工事の総監督を務めていた。
「もお。いま戦の最中なんだよ? こんな時にゼニカネの話なんてしないで」
とは言うものの、事は重大である。この案件は東国諸将にとって一大プロジェクトと言っても過言では無かった。
陽葉は、傍らで涼しいカオを決め込んでいる徳川家康(平成生まれの女子中学生。戦国武将ゲームのプレイヤー)に話を振った。
「家康ちゃん。ウチの若い衆がこう言ってんですよ。もう少しお金を融通してくれないかなぁ?」
「暑いでするな、藤吉郎どの」
「ゴメンそれ、答えになってないから」
「正直、無い袖は振れないでする」
「……だよね」
北条家と上杉家からも資金援助を受けているが、それでもまだ不足気味だった。
口では言うのは簡単だが、棒道なる軍用道を通すのは至難の業。木下陽葉は行き詰っている。
「戦争はお金がかかるんだよ? お姉ちゃん?」
陽葉の横に座っていた幼武将、水野雪霜が年長の陽葉を諭した。
「だよね? 不用意に戦争仕掛けたらダメだよね?」
「……そろそろ撤収の算段を練りまする。織田美濃が着陣してしまったようでするので」
床几からひっくり返りそうになったのは陽葉。予想よりも早い到着に明らかに驚いた様子だった。
「乙音ちゃんがもう来ちゃったの?!」
雪霜が首をかしげる。
「陽葉お姉ちゃん、どうかしたですか? 乙音ちゃんと言うのは織田美濃のホントウの名前でしょう? オトモダチなの? 会いたいの?」
「あ……いやその、ダイジョウブだよ、何でもないよ?」
そこへ要らぬ一言を口走った者かいた。家康ちゃんの実の姉、今川氏真(※現世での名前は小松原真だと明かされている)である。
戦場だと言うのにタマロッチで遊んでいた彼女は、「せっかくだから維蝶乙音をからかってやろうぜ」と立ち上がった。
徳川軍にとって木下陽葉は友軍で、いっぱしの大将だが、今川氏真と水野雪霜は自前の兵をほとんど持っておらず、いわば客将である。ここは家康とすれば陽葉を立てて緊張感も礼儀も無い二人を叱り飛ばすべきところ。だが彼女は、
「ウーン。そうでするなぁ。この際だから三河武士の強さを織田に見せつけてあげませう!」
と、床几を跳ね飛ばす勢いで立ち、喜々として話に乗った。
そんな3人の前に立ちふさがるのは陽葉。
「ちょちょちょ、待って? 今回の作戦は陽動だったでしょ? 近江表で上杉謙信さんが暴れ回るのを多方面から支援しようって。そーゆー作戦だったよね? ね? 本格的に戦支度しちゃったら取り返しのつかないコトになっちゃわない?」
「いえいえ、心配いらないでする。徳川軍は勇猛なれど分別はつきまする。大胆かつ慎重に。わたしのモットーでする」
木下家の竹中半兵衛を含めた主要部将を招集した家康は、少女らしからぬ気合のこもった声で彼らを鼓舞してから配置につかせた。
この時には陽葉はもう覚悟を決めたのであろう、はじめての織田美濃との直接対決を前に、家中の部将を集め、訓示した。
「えーとさ、いい? 死んだら負けよ? 殺すんじゃなくて生きなさい。最終的に生きていた人が勝利者。分かった?」
「……お嬢、何か締まらん物言いだのう。ここはもっと景気よく『安全第一!』 とか」
「あー。えー、わたしら建設屋さんかよ。――んまーじゃ、ゼロ災でいこう! ……よしッ!」
「オーッ、ゼロ災でいこーよーしッ」
瓢箪旗がくしゃみしたようにひっくり返った。旗持ちがつい手を離したのであった。
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(さっそく小躍りしました!)←追記
今回もありがとうございました。




