15幕 御市―おいち―
空想歴史ファンタジー!
敦賀ノ湊(越前国※現福井県敦賀市)から琵琶湖西岸を南下した上杉家所属の水兵部隊は、急遽出撃した織田軍・柴田勝家の部隊に対して堅田町近郊(近江国※現滋賀県大津市)に陣を構えると、比叡山延暦寺に檄文を発した。
「織田美濃を京に入れるな。入京を赦せば延暦寺にとって必ず良くない事が起こるぞ」
誰が吹き込んだのやら、沈黙していた叡山側が俄かに反織田の気勢を上げ同調した。
この上杉家の電撃作戦成功の裏には、越前を支配する朝倉家の全面協力があった。朝倉家家臣、前波景当と琵琶湖水運を掌握する堅田衆(水軍)が先導したおかげだった。
◆◆
岐阜城下屋敷。金華山(旧名稲葉山)の麓に建てられたこの城館は平素、織田美濃の居住空間となっている。
朝から彼女は不機嫌だった。
「消えたってどういうことなん! 城中片っ端から探したん?!」
「無論。しかし御市さまは神出鬼没。簡単には発見できません」
「人の妹を獣か妖魔のように言わんといて!」
明智十兵衛光秀は、美濃が投げつける雑多物をヒラヒラかわしつつ、とりあえず頭を下げた。
「浅井長政がそんっなに気に入らへんんの?! かなりのイロオトコやんな、彼?」
「ですね。戦人らしく筋骨隆々としたイケてる好青年です。ただ……」
「ただ、何やの?」
「御市さまがまだその……ちょっと茶目っ気がすぎると言いますか……」
はっきり「オコチャマだから」とはさしもの明智も言い難いのか、言葉を若干オブラートに包んだが、美濃にはしっかりと伝わった。だがそれは承知の上で浅井との縁組みを強行しているのだ。
「ああ。御市……」
わざわざ光秀に言われなくても、彼女もじゅうぶん分かっている。
「……しゃーないでしょ。どうにか浅井家と縁を持って朝倉をどうにかせんと……」
天井を見上げて息を吐いた時、「あ――そうか」と美濃の眼が光った。
「……ちょっと、行って来る」
「行く……とは、どちらに?」
「山上館よ。光秀はついて来なくていいわ」
◆◆
「やっぱり。こんな所にいたのね? どうして戻ってきたのよ?」
稲葉山改め金華山にそびえる岐阜城天守の屋根上、そこに三角座りをした御市がいた。
色白く目鼻立ちのはっきりした、美濃でも見惚れるほどの美少女である。腰まで伸びるクッキリとした黒髪を風にたなびかせながら、遠く西方を眺めていた。
「義父の浅井久政さんにイジメられた」
浅井久政は浅井長政の実父だ。今は隠居し当主の座を長政に譲っている。
「……イジメられた? セクハラでもされたん?」
関西弁が出た。動揺の表れだった。
「ウソだよ。本当は維蝶乙音が心配だったからだよー」
維蝶乙音は織田美濃の実名。それを知っている者は数少ない。ましてや知っていても、それを口にする者はほとんどいない。
美濃の妹を称するこの美少女、織田御市も、戦国武将ゲームのプレイヤーなのである。
「だったらカードをわたしに預けて、生駒屋敷で今後の成り行きを見守ってる?」
生駒屋敷というのは御市の実家だった。生駒屋敷、別名小折城で賊に略取されそうになったところを美濃に助けられた経緯がある。
史実では生駒屋敷は織田信長の実質的な本妻、生駒吉乃の実家。
美濃は彼女が御市ではなく、吉乃ではないかと疑っていて、直に本人に聞いた事があった。あっけなく否定されたが――。
「浅井長政は好男子でしょ? わたしのためを思うなら彼を誑し込んで、織田に全面協力するように仕向けてよ」
「おねーちゃん、たらしこむなんてやらしー言い方だよ。わたし、ナガマサは気に入ったよ。ちょっと性格変わってるけど、とってもいい人」
「じゃあ……なんで岐阜に勝手に帰ってきたん!」
そのときビュッ! と突風が巻いた。
ふたりの着物がまくれ上り、とっさに押さえる仕草をした美濃の足がすべった。あわや屋根から墜落しそうになり、御市が後ろから抱きかかえて事なきを得た。
「言ったでしょ。わたしお姉ちゃんが気になるって」
「……え?」
「――乙音ちゃん。わたし織田御市になりきって、あなたを天下人にしよーと思う」
「急に何なん?」
「だからさ。わたし、お姉ちゃんがダイスキなんだよ。そんでスゴク心配なんだよ。いっつもスレスレのところを歩いてる。自覚無くね。それが可愛くて愛おしくて、とーっても不安。だからわたしが全面的に天下取りに協力するよ」
そう告げ不意に美濃の頬にキスした御市は、挑戦的な眼差しを狼狽する彼女に向けた。
「な、何を――?!」
「心配ご無用だって。わたしはお姉ちゃんの味方だよ。そう伝えたかっただけ。じゃ浅井長政クンのところに帰る。彼たぶん心配してると思うから」
美濃から離れると、ヒョイと階下の欄干に飛び降りる。
「上杉謙信は浅井で食い止めるよ。お姉ちゃんは早々に六角を退治して近江路を確保して」
「……御市」
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