14幕 小田原会談(2)
今回も空想歴史ファンタジー、開幕!
「逸れてんぞ、話」
木下藤吉郎陽葉の肩をゆさゆさ。イチゾーが背中越しに注意する。
「――あ。ごめんなさい。で、その、毛利家の、吉川元春さんと小早川隆景さんが、お父さんの元就さんに無断で、上洛の手はずを整えていると?」
「そがなんよ(そうなんだよ)! 親子の意見が対立するのはよくある事。父親の元就は隆景の独断を黙認しちょる。いずれにせよ、毛利は同調する意志を示していると判断して良いと思うがのう」
織田信長はすっかり坂本龍馬に人帰りしてしゃべっている。元々が龍馬だったのだから仕方がないにしても、陽葉と又左には織田弾正忠信長とのギャップがあるのか、彼が話しているときはわざと彼から視線を外しているように見受けられた。
「ははあ。それで、ふたつ目の質問の答えは?」
「まあまあ、急くなや、北条氏康どのが来られてからじゃ。ほどのう来るで待っちょりや」
これまで信長ペースを容認していた北条上総介綱成が、
「しからば、ワシが連れ申す」
と、イラ立ちを隠さず、眉をひそめて退室した。そして直ぐに当の氏康を引っ張って戻って来る。
「なんだよー。ボクは何もしてないよォ」
「いやあ、した。木下藤吉郎どのを困惑させた。これ以上、当家に泥を塗るな、殿!」
信長、氏康の着座を待って話を再開する。
「仮想敵の話であったな。端的に申す。西から、大友、竜造寺、長曾我部、徳川、上杉、そして木下家と北条家でござる。これが日本国内の話。あとは清、西班牙、さらに大英帝国じゃのう」
「それは……話がやたら壮大ですね」
「そりゃ違うのう。藤吉郎の視野が狭すぎるのよ。もちっと見識を広めねば、将来おまんの仕出かした歴史が繰り返されることになろうがの」
「繰り返した歴史? 朝鮮出兵とか、秀次事件とか? そんなの、するワケないですよッ!」
仮にも旧主にむかってマジ怒するあたり、歴史に無知だった彼女なりに、後の豊臣秀吉を勉強したようだった。
他方、平手政秀は小さくなって首を垂れている。竹中半兵衛にしても反論せずに黙っている。そんな様子から、彼らもある程度歴史を認識しているらしかった。
「――で、おまんに相談じゃ。ここらで手を打って、織田に降参してくれんかの?」
顔色を変えたのは又左とイチゾー。大方予想していたのか、半兵衛は沈黙のまま。
陽葉は、というと。
「えらく強気ですねぇ、信長さま。……いえ。もういいでしょ、坂本龍馬さんで。――坂本さん、そんな話を北条の氏康さんにもしたんですか? ――で、氏康さんは恐れをなして龍馬さんに屈服しようと? ――何故です? ナゼ氏康さんは龍馬さんのオドシに屈しようと考えたんですか?」
北条氏康は答えない。
北条綱成が氏康の首を掴んだ。
「殿ッ。ちっとは統領らしくビシッ! と想いを述べられいッ!」
「ヒイイイッ! ヤメレ、ヤメレェェ! わーった、言うよ、言うからッ」
ゼーゼー息を整え、北条氏康が吐露する。
「――黒船だよ。九鬼水軍が黒船4隻を編成してるって。坂本龍馬さんは3日後に駿河湾目指して出港するから今のうちに降参しろと。さもなければ小田原城を海から砲撃するって……!」
なんだと!
と又左とイチゾーの声が揃った。
「大殿! お考え直しくださいッ! それは幾らなんでも強硬すぎまする!」
又左が龍馬に、……彼の場合は織田信長に対する感覚で面前に平伏し、必死に暴挙を諫めようとした。
「御言葉ながら、大殿! ――信長さまも、叡山焼き打ちや長島一向一揆の虐殺など、過酷な行いをなさる未来がございましょう? 藤吉郎のまだしてもおらぬ行いをとやかく申されるのは道理に適いませぬ!」
「まっこと熱いのう、又左よ。けんどのう……」
龍馬は刀を抜き放ち、又左の肩に当てた。
「もはや賽は振られた。日ノ本にとって弱小の木下と北条がどれほど利をもたらすのか、某にははなはだ疑問じゃ。ノンビリはしとられん。じゃきに、反対する者は力づくで抑える。それでも抵抗するなら滅ぼす。……分かったか?」
大汗をかく又左。見詰める先に旧主の貫かんばかりの眼光あり。
「それでも……!」
又左が声を絞ろうとした刹那、弾かれた龍馬の刀。猛刃を振るったのは北条綱成。
龍馬は一回転して退り、懐から拳銃を抜き出した。ふたり、睨み合う。
正座していた陽葉が立ち上がる。身体を滑りこませ、ふたりの間を分けた。
「それでも! わたしはゲームを全うしますよ。この戦国武将ゲームを!」
「せやきに言うとろう? はよアンカーカードを渡しや。はよう戦国時代を終わらせるきに! 強いものに巻かれる勇気は必要だで? 木下藤吉郎――陽葉どの」
ニヤ……と陽葉は嗤った。
「黒船が? 3日後に? でもそれはアクション遅いですよ、信長さま」
「……。どーゆーコトじゃ?」
「今頃は上杉水軍が、敦賀湾から京に押し寄せているところだと思います」
「――なッ?!」
バン! と陽葉の足が床を踏みつける。
信長こと龍馬がジリリ……と後退する。
「陸上も同じです。反織田に同調した朝倉・上杉合同軍が北國街道から近江国(現滋賀県)に乱入して大嶽の砦に入りました。浅井家の小谷城(現滋賀県東浅井郡)の目と鼻の先です。織田と同盟している浅井ですが、盟友の朝倉には手出しできないので、止む無く城で大人しくしてるそうです」
「織田は……」
「織田美濃軍は那古野城下で徳川軍と対峙しています。直ぐに上洛軍を催すのは難しいでしょう」
陽葉、龍馬の目前に、戦国武将カードを指でつまんで掲げた。
正真正銘、アンカープレイヤーカードだ。
「先ほどからのこちらの会話全部、上杉謙信さんと徳川家康ちゃんに筒抜けさせてもらってました。上杉軍と徳川軍の動向は全部、メールで伝わったものです」
「……そうかよ。そりゃ、是非も無し」
「信長さま。日本はあなたのやり方じゃあ一生平和になりませんよ。日本を統一したら次は清国、そして西班牙、大英帝国? 先制パンチを浴びせるってんですか? そんなのキリない。――わたしはわたしのやり方でゲームを終わらせて織田美濃さまを、親友の維蝶乙音ちゃんを、昭和に帰してあげるんです!」
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今回も有難うございました。




