12幕 再会
間が開きましたが更新します。
空想歴史ファンタジー、始まりはじまりー。
北条幻庵を訪ねると留守だと言うので焦った木下陽葉一行は方々に遣いを送り、彼の所在を突き止めた。江戸湾沖に出張りで海釣りに勤しんでいるという。
「江戸湾って東京湾……で、釣り? 何だよ、それ」
「あの人なりの理由があるんだよ、きっと」
――半日後、彼らは海上で釣り糸を垂れていた。無論、ホスト役は北条幻庵その人。
陽葉らが訪ねて来たと言うのでわざわざ港に船を寄せ、彼女らを乗船させたのである。
乗り込んだのはいつものメンバー。木下陽葉に加え、竹中半兵衛、前田又左、香宗我部イチゾー。
「ぞろぞろと大勢で。用向きは何じゃ? 手短かに申せ」
「――爺さん、――あ、いや、幻庵さん。そんな言い方ねーだろ。オレらアンタのウラギ――」
「イチゾー、待って。わたしが話す」
幻庵は横目で陽葉を睨む。従者に釣り竿を預け、船室に引っ込んだ。
「オイオイ、人の話をちゃんと聞けよ。ったく」
「いい。わたし独りで話する」
船体規模の割に広く設計された船内には弓や槍、刀剣、更には種子島などの武器が多量に積み込まれていた。
「幻庵さん。わたしは……」
「ワシはな、木下どの。疑り深い性格じゃ」
「……」
「我が北条家がこうして繁栄を続けているのはひとえに家臣や民百姓のおかげじゃが……」
身近の刀を抜身にし眺める。刃越しに覗かせる眼はまっすぐ、陽葉を捉えている。
「人は変心するものじゃ。我が身に都合よく物事を解釈しようとするからの。耳を傾けるのは、それは我が身に利があると思うたときじゃ。そうでなければ……話を疑い、自分の頭で考え、その上で決断するしかあるまい。それが生き残るための、人の必要条件じゃ」
「……つまり、幻庵さんは悩んでいるわけですね?」
問われ、珍しく彼は相好を崩した。
「悩む? ワシは悩んでなどおらん。今はな。誤解したようじゃからハッキリ申すが、ワシは一度決断した事は安易には覆さん」
「えーと……つまり?」
「ワシはお主らを裏切らん」
◆◆
木下陽葉らは北条家の本拠、小田原城に急行した。
「幻庵さんの話だと、動揺しているのは当主の氏康さんだって。彼の不安を取り除かなきゃ、東海道が安全に通れなくなっちゃうよ」
「ヤツがビビってる原因は何なんだ?」
「それを今から聞きに行くんじゃない」
北条幻庵は木下家との盟約をより強固にするため、房総の里見家と講和すると宣言した。
里見家の当主、里見義堯を海釣りに誘い、洋上で待ち続けているのだと言う。ただ襲われたら襲い返す。そう覚悟を決めての行動だと彼は言った。
里見家とは安房国、現在の千葉県に根を張る安房里見家を差し、現当主の里見義堯と北条幻庵は旧知の仲であるが長年相争っている。
「仇敵とも言える相手に譲歩を持ち掛けてるなんて、それだけ真剣ってコトじゃない。信じるしか無いよね」
――陽葉は幻庵と交わした一対一の話し合いを思い出していた。
「先日珍客が訪ねて来たのよ。坂井大膳と言ったかの。何でも尾張国でそなたと色々やり合ったと」
「さ、坂井……大膳さん?!」
「ソヤツはこう申しておった。今川を倒し、武田を駆逐したのは確かに織田美濃だったと。じゃが織田はそのうち高転びする。真に天下を制するのは木下藤吉郎なのだ、とな」
殺し合いをした程の相手にそこまで言わせた御仁なのだから、きっと相当の器量人に違いない――と幻庵は嗤った。
だからと言って安易に陽葉を信用したのではない。織田と木下を天秤にかけ、今はどちらの方がより北条の益になるのかを考えたまでだと彼は言った。
当然です。と陽葉は答えた。
どんな宝石も輝きを失えば見向きもされなくなる。それは人も同じ。劣勢になれば優勢側に鞍替えされるのは当たり前だ。まさに北条幻庵の態度がそれだ。木下家の現状が知れるいいモノサシになりますと彼女は豪語した。
小田原城の入り口で陽葉を出迎えたのは北条家黄備の北条上総介綱成だった。それともう一人。
「と、殿ッ?!」
木下陽葉と前田又左が地面にアタマをこすりつける。
「殿はやめてくれよ。某はもう織田信長を辞めたんだ。今は才谷梅太郎で通してる」
「……つ、つまり、坂本龍馬で活躍されてるんですか?」
「その名前、恥ずかしいんだよなぁ。梅ちゃんか、才ちゃんでいいよ」
又左が地面に額をくっつけたまま、
「お、恐れながら! オ、オレが織田家を離れたのは故がありまして……!」
「いやいや。某も織田をほっぽりだした身だから、又左をとやかく言えないよ。……イワユル脱藩、みたいな?」
「脱藩……? いやいや」
一同は綱成の案内で城の一室に通された。
そこには更にもう一人、陽葉の見知った人物がいた。
「ま、政じい?!」
かつて織田信長に仕えていた平手政秀、通称政じいだった。
「久方ぶりじゃのう、陽葉どの」




